第39話 「二人の愛の巣」を守る男、それが俺!
レーコとの旅行から戻った俺は、しばらくは「図書館司書、タダオ・ナミノ」として過ごしていた。
理由は何となく不安を感じていたからだ。
旅行の最終日に出会った、あの『顔色の悪い男』の事が気になって仕方が無い。
それに五日間も家を離れてメンテナンスをしていなかったせいか、結界が少し緩んでいたのだ。
俺は新たに結界を張り直していた。
この作業はレーコには頼めないし、慎重にやらざるを得ない。
しかし『ブレイブ』としての活動も、あまり休んでいる訳にはいかない。
金の問題ではない。
俺は金は持っている。
あまりに『ブレイブ』が姿を現さないと街の人間が不安がるし、何よりもリシア・ナーチャ・シータの三人が騒ぎ出しかねない。
あの三人に『ブレイブ』の居場所を本気で探られたら危険だ。
旅行から戻って六日目、俺は『ブレイブ』として三人に召集をかけた。
肩慣らしにシャンクラ迷宮に潜って魔石を集め、書物庫のシズ姫に会う。
旅先の道中で使った『魔女の気配を消す結界の作り方』はシズ姫に教えてもらった。
そのため土産も渡したかったのだ。
そこで気になっていた『顔色の悪い男』について聞いてみた。
シズ姫の居る書物庫は、俺が許可しない限り誰も入れないから、相談事には丁度いい。
「魔女に敏感な顔色の悪い男、ですか?」
シズ姫も顔を傾げた。
「背はかなり高いが痩せている。年齢は人間なら三十歳くらいに見える。顔立ちは少し面長で目が鋭いってくらいで、他に特徴はない」
俺にも言える事は少なかった。
「それだけでは何とも言えませんね。ただ『魔女に敏感』と言うと、やはり政府の治安関係の人間か、魔女の崇拝者。あとは『聖魔王の手の者』が考えられますが」
「俺もそれは考えた。だけど政府関係者には見えなかったな」
「と言う事は残りの二つのどちらかでしょうね。厄介なのは『聖魔王の手の者』ですが」
シズ姫が悩んでいるように俺に目を向けた。
「何か思い当たる事があるのか?」
俺の質問に彼女はやっと口を開く。
「その男は魔女本人からではなく、アナタから魔女の匂いを嗅ぎ取ったんですよね」
「どうもそうらしい」
「だとしたら魔女の封印よりも、アナタの方を何とかすべきでは?」
「具体的にはどうすればいい?」
「アナタと魔女の繋がりを、一度断ち切るべきかと。いくら魔女の魔力を封じても、それが流れ込んでいるアナタから魔力が漏れてしまっていては、いつかは魔女の存在がバレてしまうでしょう」
俺は考え込んでしまった。
確かに俺の超人的な能力は、レーコからの魔力の供給によって成り立っている。
俺個人ではそこまでの力はない。
だがレーコとの繋がりを切ると言うのはどういう意味か?
俺とレーコを『魂の契約』を結んで結婚した。
それを終わらせるという意味か?
俺にとって、いやレーコにとっても、それだけは出来ない話だろう。
俺はレーコと一緒にいるために戦っているのだ。
そんな俺の考えを読み取ったかのように、シズ姫が別の案を提示した。
「別に魔女と永久に別れろ、と言っているのではないのです。一時的に魔女本体の魔力を完全に封じてしまえばよいのかと」
『伝説の魔女、グレート・ウィッチ』を完全に封じ込めるだと?
そんな事が出来る訳……
そこで思い当たった。
初めてレーコと出会ったあの遺跡。
あの時にレーコの石像にあったのは、首にかかったネックレスと胸に刺さった大剣だった。
大剣はレーコを石化させる呪いの剣で、ネックレスの方はレーコの魔力を封じるものだったはずだ。
大剣は家にあるが、ネックレスの方はハンスの古道具屋に預けてある。
……だが、アレを使えばレーコの能力は著しく抑えられ、俺は『ブレイブ』としての能力のほとんどを失う……
「シズ姫、色々とありがとう」
俺は迷いながらも礼を言うと、書物庫を出て行った。
ダンジョンから戻った俺達四人は、いつものようにギルドで魔石を換金して山分けにした。
「今日こそは一緒に!」という三人の誘いを断り、俺はギルドを出る。
この後はハンスの古道具屋で『ザ・ブレイブ』から『図書館司書、タダオ・ナミノ』の姿に戻るのだが、いつものように尾行がないかを確認するため、裏路地を何度かグルグルと巡る。
すると案の定、コバエが数匹、俺の後を着けて来ている事が解る。
俺は人気のない裏路地を曲がった。
この先はビルとビルの間の空き地で行き止まりだ。
一気にジャンプして、上階のテラスに身を隠す。
尾行者は路地を曲がってくると、俺の姿を見失った事を悟り、走って空き地に入って行った。
空き地に入ったのは全部で五人。
俺はテラスから飛び降りると、空き地の入り口を塞ぐ。
「俺を探しているのか?」
俺の声に一瞬遅れて五人が反応した。
一斉に俺に跳びかかってくる。
「甘いな」
俺は瞬時に背中の刀を抜くと、一閃で五人を切った……つもりだった。
地面に真っ二つになって落ちたのは三人。
残りの二人は襲ってくると見せかけて、上空に逃げたのだ。
その二人にはコウモリのような羽が生えていた。
「風神剣!」
俺は頭上で一回転させた刀を一人に向けた。
二人は別々の方角に飛んだためだ。
刀から出た旋風が刃をなって敵を襲う。
受けた相手は散り散りになって切られる。
そしてもう一人の方は素早く地上に降りたらしい。
ビルの谷間に姿を消した。
「くそっ」
俺は自分の油断を呪った。
『ザ・ブレイブ』などと呼ばれて慢心していたようだ。
見ると最初に切った三人の内、一つの死体が消えている。
その場には数種類の虫の死骸が落ちていた。
「使い魔だったのか……」
魔法を使って様々な生物に人間の姿を取らせて使役に使う。
魔術師がよく使う手だ。
残った二人の死体を調べる。
腕に『大きな目と蛇』のイレズミがあった。
「聖魔王の紋章」
俺の口から思わずつぶやきが漏れる。
いよいよこの俺に聖魔王が目を付けた、と言う事なのか?
俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
その日は念には念を入れて、別の隠れ家でいちど服を着替える。
どこにでもいる労働者の服だ。
その後で古道具屋に向った。
店に入るとハンスが驚いた顔をする。
「おいおい、どうした?そんな格好をして。ブレイブの装備は売っ払っちまったのか?」
「ギルドの帰りに襲われたんだ。だからここに来る前に、一度別の隠れ家に寄ってきたんだ」
「オマエを襲っただって?そんな無謀な事をするヤツは誰だ?」
「おそらく聖魔王の手の者だ。人と使い魔と両方で襲ってきやがった、しかも二体には逃げられた」
『聖魔王』と聞いてハンスの顔色も変わる。
「おいおい、それが事実なら本格的にマズイんじゃないのか?」
「ああ。だがオレを的に掛けているって事は、まだレーコにまでは辿り着いていないって事だ。だからアレを出して欲しい」
ハンスは一瞬嫌な顔をしたが、黙って店の奥に行くと、小さいが頑丈そうな宝石箱を持って来た。
その錠を外して俺に差し出す。
俺は箱の側面に着いたダイアルロックは外し、さらには右手を翳してマジックロックを解除する。
この箱は通常の鍵、俺が記憶しているダイアルロック、さらには俺にしか外せない魔法鍵の三重に鍵が掛けられている。
中からは七色に輝く魔宝石の首飾りが出てきた。
そう、これは『伝説の魔女の封印遺跡』で魔女の石像の首に掛けられていた首飾りだ。
この首飾りをつければ、流石のレーコも魔力を封じられてしまう。
だが、それと同時に……
「その首飾りを使うと、オマエの能力も失われてしまうんだよな」
俺の考えを読んだかのように、ハンスが小声で言った。
「ああ」
俺の力の根源は、レーコとの絆により供給される魔力だ。
だからレーコの魔力が封印されれば、俺の超人的な力は失われる。
裏必殺技は全て使えないし、表の必殺技も使えるのは閃光剣と、素手による『黒光手刀』、さらにそれを応用した『爆心掌』くらいだろう。
この二つの技は、人間としての俺が修練によって身に着けたものだ。
よってレーコの魔力とは関係なく使える。
俺はネックレスをバッグにしまうと、裏側の古本屋に移動し、そこでタダオ・ナミノの姿に戻った。
「それじゃ」
俺が短く挨拶をして店を出ようとすると、ハンスが言った。
「俺に出来る事があったら言ってくれ。出来る限り協力するから」
彼の好意に感謝し、俺は右手を上げた。
家に帰り、食事の後でレーコの前に『封印の首飾り』を出した。
彼女の顔にピリッと鋭い物が走った。
「悪いけどレーコ、しばらくの間はコレをつけていて欲しい」
レーコが首飾りと俺を交互に見比べる。
「そんなに長い期間じゃないが、俺が『もう大丈夫』と言うまでは絶対に外さないで欲しいんだ」
「タッ君がそう言うなら……でも理由だけキチンと説明して!」
「今日のギルドからの帰りに、俺を尾行して来た奴がいたんだ。連中は俺が倒したんだが、その内の二人には逃げられた。死体を調べたらヤツラは聖魔王の手先だったんだ」
「聖魔王の!」
レーコの目にも驚愕と同時に、鋭い敵意の色が浮かび上がる。
「聖魔王は今でもレーコを探している。ヤツの目的はレーコを倒す事じゃなく、自分のモノにする事だ。そして今の俺では聖魔王に太刀打ちする事は出来ない」
レーコが一瞬だけバツの悪そうな顔をしたが、すぐに心配そうに俺を見た。
「理由は解ったけど……でも私がこの首飾りを着けると、私の魔力の全てが封印されてしまう。そうなるとタッ君への魔力供給も途絶えてしまい、『ブレイブ』としての能力は使えなくなるよ。タッ君は危険じゃないの?」
「俺の事は心配しなくていいよ。しばらくダンジョンには行くのは止める。『ブレイブ』にだって休暇は必要だろ。明日にでも他の三人には連絡しておくよ」
俺はそう伝えた。
この機会に「魔女を人間に戻す方法」を集中的に調べてみよう。
最後にはレーコも不安そうながら笑顔で言った。
「解った。タッ君が言うなら、絶対に外さないよ!それにタッ君の奥さんとしての私なら、魔力なんて必要ないもんね!」
>この続きは、明日7:18投稿予定です。
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