第38話 伝説の魔女とデートする男、それが俺!(後編)

 翌日は朝日を見ながら周辺を散策したり、午前中は釣りをしたり、午後はまた海で遊んだりと楽しく過ごした。

 ベッドに入ると、仰向けの俺に、レーコが寄り添うようにくっついて来た。


「明日はもう帰らないといけないんだよね」


 レーコが少し寂しそうに言った。

 ここは貸し別荘のため、レーコの魔力を押える封印も、簡易的なものしか構築できなかったのだ。

 あまり滞在日数が長いと、レーコの残留魔力が強く残ってしまう。

 それによって聖魔王がレーコの存在に気づかれるを避けるため、長い滞在は出来ないのだ。

 俺は彼女の首に手を回し、その髪を優しく撫でた。


「いつまでも、こうして居られればいいのに」


「ごめんな、レーコ。俺がもっと強くなって、どんなヤツが来てもレーコを守れるくらいになれば、自由に色んな所に行けるのに」


 レーコは小さく首を左右に振った。


「ううん、そんな意味じゃないの。タッ君は私のために一生懸命にやってくれているって解るよ。家だって私の気に入るように建ててくれたんだし」


「そりゃそうだよ。だって俺はレーコに少しでも満足して欲しいと思って……」


「私、今のままで十分幸せだよ。生きてきた中で、今が一番幸せ……」


 レーコがしがみついて来た。

 俺も彼女を強く抱きしめる。


「だから今の幸せが無くなる事が一番恐いよ。タッ君と一緒に居られなくなる事が」


「大丈夫。どんな事があっても俺はレーコを離さないよ。レーコは俺の全て、俺の世界なんだから」


 そう、レーコがいるからこそ、俺は生きる意味があるのだ。

 もう大切な誰かを絶対に手放さない。

 それが例え世界を揺るがす大魔王であろうと、俺はレーコを守り続ける。



 ノーラに来て三日目、今日の夕方にはここを立つ予定だ。

 レーコが「二人で来た初めての旅行だから、何か記念になるものを買いたい」と言うので、近くの観光市場まで買い物に出る事にした。

 お土産用の工芸品や地元の特産品である真珠や貝殻を使った装飾品、または保存が利く燻製や発酵食品などが売られている。

 レーコはそれらのお店を楽しそうに一つ一つ見ていた。

 それを見て俺は「世界の三分の一を支配したと言っても、普通に自由に色んな場所を観光できた訳じゃないんだな」って思う。


 でも考えてみれば当たり前かもしれない。

 支配者になると言う事は、権力者であると同時に敵も多いと言う事だ。

 レーコには正面からぶつかっては勝てない、となれば暗殺を考える相手も多いだろう。

 気軽に普通の観光を楽しむなんて、縁が無かったのかもしれない。


 また伝説で伝えられている限り、グレート・ウィッチについては暴力と恐怖による支配しか無かったと言われている。

 600年も前の事なので、全ては想像するしかないのだが。


 ふと「レーコはどうして魔女になったのだろう」と考える。

 こうして一緒にいる彼女を見る限り、『恐怖の対象』としての魔女など、彼女には一番遠い存在に思えるのだが?


 物思いに耽っていたせいか、それとも観光で気が緩んでたのか、背の高い男性と肩がぶつかってしまった。

 人ゴミの中とは言え、俺にとっては珍しい事だ。


「おっと、失礼」「すみません」


 相手と俺は、ほぼ同時に謝罪を口にしていた。


 だが相手の顔を見た瞬間、俺の背筋に何かが走る感じがした。

 相手も何かを感じたのか、驚いたような目で俺を見る。


 見知った顔ではない。

 年齢は三十歳くらいで顔色の悪い男だ。

 服装も黒いマントを着ていて、観光地らしくない。

 次に声を出したのは向こうだった。


「失礼だが君は、魔術師か何かかね?」


 俺の中で瞬時に警戒心が沸き起こる。


「あ、いえ別に。普通の地方役人ですよ」


「そうか」と男は訝しそうな顔をした。


「いや、君から古い魔女の匂いを感じたものだから」


 俺は少し足を開き、身体を半身にする。

 無意識の内に身体が戦闘準備に入ったのだ。


「そうですか?自分では解らないけど。そう言えばさっき占いを見て貰ったから、その人が魔女だったんですかね」


「ふむ……」男は考えるような仕草をする。


「いやすまない。気にしないでくれ。実は私も魔法を研究していてね。それで魔女については敏感になっていたんだ。邪魔して悪かった」


 男はそう言うと、俺に興味を失ったように立ち去って行った。

 俺はしばらくその男の姿を目で追っていた。


 ……どうする、追って行って男が何者か突き止めるか?場合によっては人目の無い所で始末した方が……


「タッ君!」


 レーコの声で我に返る。


「ね、これ見て!真珠とタツノオトシゴのブレスレット。可愛いと思わない?二人でお揃いで買おうよ!」


「あ、ああ、いいね。買おうか」


 レーコが不思議そうな顔をして俺を覗き込む。


「どうしたの?そんな恐い顔して。何かあった?」


「いや、何でもないよ」


 そう言って再び男の方に視線を向けると、もう男の姿は見えなかった。


 ……さっきの男、油断していたとは言え、俺がぶつかるまで気付かなかった。もしや気配を消していたのでは……


 俺は胸に不安が沸き起こるのを感じた。



>この続きは明日7:18投稿予定です。

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