第37話 伝説の魔女とデートする男、それが俺! (前編)

「タッ君、早く早くぅ!もう馬車さんが来ちゃってるよ!」


 レーコが嬉しそうにそう急かせる。


「わかってるって、今から荷物を積み込むところだよ。レーコこそ、準備は大丈夫なの?」


 俺は大きなトランクケースを四つも抱えていた。

 これは全てレーコの荷物だ。

 俺の荷物だけなら、冒険用のリュック一つで十分だ。


「ダ~イジョウブ!ホラ、お弁当もちゃんと持ったし!」


 レーコはそう言って五段はありそうな重箱の包みを見せた。

 彼女が朝三時から起きて作った渾身力作のお弁当だ。

 俺はそんな風にはしゃぐレーコを見ながら、満足してトランクケースを馬車の上に乗せた。

 さらに雨や埃避けのシートを被せる。


 ちなみこの馬車も特注製だ。

 魔法科学都市テュクラで特別に作らせたものだ。

 レーコの魔力を探知されないように、頑丈な魔法障壁素材で外壁を固め、さらには馬車の四方に封印魔法具を配置してある。

 御者もテュクラの魔術師にお願いした。

 この馬車の中に相当な呪物があったとしても、誰も気付かないだろう。

 また道中の要所要所には、力の強い魔術師、そして俺が持っているカードの中でも魔力の強いソーサラーやネクロマンサーなどを配置してある。

 これで多少はレーコの魔力が漏れてしまったとしても、彼らの魔力と相まって、聖魔王には気付かれないはずだ。


 この辺の『マジック・ジャマー』に関する方法は、同じ魔女のシズ姫に教えて貰ったから確かなはずだ。


 ここから南方のノーラ海岸まで丸一日。

 明日の昼前には到着できるだろう。


「それじゃ、しゅっぱぁ~つ!」


 明るいレーコの掛け声と共に、俺たちはナーリタニアを後にした。



 馬車は「コーチ」と呼ばれるタイプの四輪馬車で、外装も内装もかなり豪華なものだ。

 深い赤のビロードの内張りに、瀟洒な皮製のシート。

 シートはスライドさせる事で二人が並んで寝られるベッドになる。

 テーブルも折り畳み式でこの中で食事が取れるし、後部にはトイレも完備されている。


「うふっ、うふふっ」


 反対側のシートに座っているレーコが楽しそうに含み笑いをした。


「どうしたの?」


「だぁ~ってぇ、タッ君と旅行に出るなんて、本当に久しぶりなんだもん。しかもこんな貴族みたいな馬車でさ」


 確かに今回の旅行はかなり金が掛かっている。

 単に馬車や宿泊先が豪華と言うよりも、先に述べたように『レーコの魔力を聖魔王に探知されないための仕掛け』にかなり重点を置いているためだ。

 ナーリタニアに戻ったら、またガッツリ稼がねばならない。


 ……でもレーコがこんなに喜んでくれるなら……


 俺は彼女の笑顔を見ていて嬉しくなると同時に、自分の力不足も感じていた。


「でもレーコなら、こんな馬車とは比べ物にならない豪華な乗り物があったんじゃないの?だって伝説の……」


「ヤダッ!その先は言わないで!」


 レーコが叫んだ。


「今はそんな話はしないで!大昔の事なんだから!それにどんな豪華な乗り物だろうが、どんな立派な宮殿だろうが、タッ君が一緒じゃなきゃ何の意味もないよ!私はタッ君と居る事が、最高に幸せなんだから!」


 半分涙目でそう訴える。

 そしてちょっとふて腐って外を見つめた。


 ……そうだな。俺がこんな事を言っちゃダメだな。レーコは俺の奥さん。それ以上でも以下でもないんだから……


 俺はレーコの隣に移動すると、背後から優しく抱きしめた。


「ごめん、レーコ。俺もレーコと一緒に居られれば、それで満足だから」


 すると彼女も優しく、俺の腕を抱くようにした。


「うん……私も怒ったりして、ごめんなさい」


 俺はレーコを抱きしめながら、流れていく外の風景を見つめていた。



 その夜は馬車の中で二人で寝た。

 夕食はレーコがダッチオーブンを使って丸鶏と野菜の料理を作ってくれたので、それを御者と一緒に食べる。

 御者には俺達夫婦は魔法研究者だと言う事にしている。

 実際、俺は図書館司書でもあるのでウソではない。

 当然ながら武器の類は一式持ってきているが。


 朝日が昇る前に馬車は出発した。

 俺とレーコは揺れる馬車の中で、まだまどろんでいる。

 陽も高くなった頃、峠を越えた所で急に視界が開けた。

 海が見える。


「レーコ、見ろよ、海だ!」


 俺は思わずレーコの肩を揺り動かした。


「え、海?」


 レーコはすぐに飛び起きる。

 窓に取り付くと「わあぁ」と感嘆の声を上げた。


「ノーラの海ってキレイなんだね。私はここに来るのは初めてなんだけど」


「そうなんだ?元々はノーラは小さな漁村だったらしいけど、その風光明媚な景色が最近になって注目されて来たらしいんだ。それで最近はチラホラ別荘とかも建てられているみたいだけど、帝都からも遠いし、まだ穴場なんだ」


「そうなんだ?じゃあノンビリできそうだね」


 家以外の場所で長期滞在をすると、それだけ残留魔力が濃くなるので、それは避けねばならない。

 だがこうして喜ぶレーコの顔を見ていると、一日でも長く旅行を味あわせてやりたかった。


「レーコ、あれが滞在する別荘だよ」


 俺は海岸沿いに周囲とは離れて一軒だけ建っている、薄いピンクの平屋建ての別荘を指差した。

 周囲には芝生とヤシの木が植わっており、広い庭から直接海岸に出られるようになっている。


「わぁっ、素敵じゃない!」


 レーコはここでも歓声を上げた。

 普段は家の周囲にしか出られないため、よっぽど嬉しかったのだろう。

 家の中は南国らしい家具で揃えてあった。

 ちょっとメルヘン調のベッドが、テラスに面した風通しのいい場所に置かれている。


「素敵!タッ君、ありがと!」


 レーコは俺に飛びついて来た。

 そのまま優しく唇を重ねてくる。



 その日は午後からさっそく海水浴に出た。


「どう、似合う?タッ君!」


 そう言ってレーコは、上に羽織っていた薄手のカーディガンを脱いだ。

 レーコの水着は薄いピンクのビキニだ。

 彼女のマリンブルーの髪と相まってよく似合う。

 レーコのスタイルは抜群だ。

 胸も大きいが形もバランスもいい。

 ここは別荘の前が宿泊客だけのプライベート・ビーチになっている。

 だから他の男の目を気にしなくていい。


「最高に似合うよ!他の男に見られなくて良かった!」


「もうっ!タッ君ったら!」


 レーコが笑いながら波打ち際に走っていく。

 俺も彼女の後を追った。

 海を泳いだり、水をかけ合ったり、砂浜でカニを追いかけたり、岩場の影で抱き合ってキスをしたり……。

 日暮れまで二人ではしゃぎ回る。


 夜には別荘を契約しているホテルから夕食が届いた。

 新鮮な魚料理に大きなエビやカニ、それに南国のフルーツ。

 二人でそれをゆっくり味わう。

 それから二人で一つのベッドに入る。

 と言ってもいつものようにHは無しだが。

 俺達はベッドの上で大の字に寝転んだ。


「あ~楽しかった。ナーリタニア以外の街に来るのは、五年ぶりだもんね」


 そう言ってレーコが笑う。


「そうだよな。それに五年前は禁忌の森から逃げ出して、ほとんど野宿だったからな」


「私たち、こんな豪華な別荘に泊まれるようになったんだね。大出世だよ」



>この続きは明日7:18に投稿予定です。

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