第36話 「桜色の舞姫」というスパイが心を捧げた男、それが俺!(その5)

 気が着くと、私は下着姿で両手両足を縛られ、天井から吊り下げられていた。

 目の前には先ほど路地にいた男と、仮面で顔を隠した男の二人がいる。


「さて、アンタはなぜ『伝説の魔女、グレート・ウィッチ』について聞き回っていたのか、話してもらおうか?」


 ……『伝説の魔女』について?と言う事は、コイツらとブレイブの件とは関係ないと言う事なのか?……


「そんなに深い意味はないわよ。ただ私は学術的見地から『伝説の魔女』について関心を持っているだけ。研究者や役所に勤める人間なら普通の事でしょ!」


「学術的見地ね」


 男は薄く笑ったようだ。


「確かにアンタは大学時代に『聖魔王』と『伝説の魔女』についての論文を発表し、それが学長推薦を受けて魔法学会誌にも掲載された。だから研究者と言えなくもない……」


「わかったんなら、私を解放してよ!」


「だが王立調査委員会の秘密諜報員となると、そうもいかない」


 私は息を飲んだ。

 なぜ私が王立調査委員会の秘密諜報員である事を知っている?


「疑問に思っているようだな。『なぜ自分の正体がバレたのか』と」


「なに言ってるの?秘密諜報員だなんて!バカバカしい」


「しらばっくれてもムダだよ」


 そう言いながら前に出てきたのは仮面の男だった。

 その仮面を外す。


「……ゼル……」


 男はナーリタニアでの情報収集を行う秘密調査員のゼルだった。


「リシア、アンタはブレイブの事以外にも色々と嗅ぎ回っていたよな?その事を全部話してもらおうか?」


「アナタ、何者なの?」


「簡単言うと『聖魔王を崇める集団』の一人、って事さ」


「裏切っていたのね!」


 私は思わずそう叫んだ。


「裏切った、って言うのは心外だな。俺は元々聖魔王に忠誠を誓っている身だしな。地方に飛ばされた上、安い賃金で中央にアゴで使われるくらいなら、聖魔王が作る新世界に人生を賭けるのも悪くないだろう」


「愚劣な!」


「それから俺だけを責めるのはお門違いだぜ。元々アンタを聖魔王に差し出すように命令を出したのは、他ならず王立調査委員会だからな」


 私の全身から血の気が引いた。


「どういう意味?」


「中央政府にも聖魔王の手の者は居るって事だよ。当然、王立調査委員会にもね」


 最初の男が私の下アゴを鷲掴みにすると、乱暴に顔を上げさせた。


「さあ吐け。オマエはこの街で『伝説の魔女』の何を掴んだんだ!正直に言わないと、そのキレイな顔がオークにも顔を背けられるほど醜くなるぞ!」


「知らない!別に何も解ってないわよ!私はブレイブに近づこうとしただけ!」


 これは本当だ。

 『伝説の魔女』について、具体的な情報は何も掴んでいない。


「しらばっくれるな!じゃあなぜ『聖魔王』と『伝説の魔女』を結びつけて考えたんだ!」


「えっ?」


「オマエは論文で『聖魔王と伝説の魔女が、転生して手を組んだ場合』について触れていただろう!」


 言われて初めて思い出した。

 確かに私は学術誌に掲載された論文に『もし伝説の魔女と聖魔王が、転生後に手を組んだら』という可能性について述べていた。

 だがあれはあくまでも「IF」の可能性であって、根拠や証拠があった訳じゃない。


「アレはただの思考実験じゃない!そんなに理由があって書いたんじゃない!」


「ウソだ!『聖魔王』と『伝説の魔女』が互いに争っていた事は子供でも知っている。それを結び付けて考えたと言う事は!」


 そこでゼルが男の手を止めた。


「ちょっと待ってください。まずはこの女の身体に聞いてみましょうよ。楽しみながらね」


 ゼルは舌なめずりでもしそうか顔で私を見る。

 男は不満そうな表情を浮かべたが「三十分だけだぞ」と言って、部屋の外に出て行った。

 ゼルはニタニタと笑いながら私に顔を近づける。


「さぁ、さっさと全部吐いた方がいいぞ。今のままならキレイな顔のまま、聖魔王の幹部の所に行ける。もしかしたら幹部の妾の一人にして貰えるかもしれないからな」


「だから、『伝説の魔女』について知っている事なんて無いって言ってるでしょ!」


「そうやって意地を張ってくれている方が、俺としては楽しめてイイんだけどな」


 ゼルは私の胸を鷲掴みにすると、ゆっくり揉み始めた。

 そして長い舌を出して、私の頬を舐める。


「貴様、汚い!やめろ!」


 私は嫌悪感で叫んだ。


「リシア、アンタは中央でも煙たがられていたんだよ。ヤリ手すぎてな。アンタに消えて欲しいと思っていた上の連中は、清々しているだろうな」


 その時だ。

 激しくドアに何かがぶつかる音がした。

 ゼルは驚いてドアの方を振り返る。

 私も同時にドアを見つめていた。


 するとドアに一筋の線が走ったかと思うと、ドアが真っ二つに切り裂かれ、先ほどの男が血を噴き出しながら倒れて来たのだ。

 その向こうにいた人影は……なんとブレイブだった。

 右手には血に塗れた刀を持っている。

 ブレイブが私を見た。


「『無事に帰れなくなる』と言っただろう」


 ゼルが叫んだ。


「き、貴様、外で防御していたヤツラはどうした?」


「あのゾンビとハチュウ類人と虫たちか?邪魔だから切り捨てた。オマエもこの街の住人なら、あの程度の連中が俺の敵じゃない事は知っているだろう」


「しかし、まさか、百体近い亜人たちを物音も立てずに全滅させるなんて!」


「オマエも色々裏の顔があったようだな。悪いがここで死んでくれ」


 そう言って刀を一閃させると、ゼルの首は胴体から離れて転がった。

 私はブレイブを見つめた。

 ブレイブも私を見つめている。


「私も……殺すの?」


 ブレイブが再び刀を振るった。

 私は目を閉じたが、次の瞬間には手足が自由になって、床に手を着いている事に気がついた。

 ブレイブは刀を背中の鞘に収めた。


「アンタは殺さない。その代わりコイツラを始末したのはアンタだと、中央に報告してくれ。それから『ブレイブはどこにも所属する気はない』と」


 ブレイブは私に背を向けると


「もう二度と『伝説の魔女』について嗅ぎ回るな。次は俺がアンタを始末する」


 と言って、部屋を出ようとした。

 その背中に私は必死に追いすがった。


「待って、待って、お願い!」


 ブレイブの足が僅かに止まった。


「アナタの言う通りにする。中央にもアナタの言った通りに報告する。だから、私をアナタの仲間に入れて下さい!」


 ブレイブが背中越しに私を振り返った。


「私が上級魔法士のは本当。それに中央には友人や知人も多い。私は必ずアナタの役に立つわ!だから私を仲間に加えて欲しい!」


 ブレイブの表情に何の変化もなかった。

 ただ冷たい目で私を見ている。


「アンタは中央のスパイだろ?そんなアンタをどうして信用できる?」


「私はもう中央には戻れない。中央局や調査委員会にも聖魔王の手下が潜り込んでいる事がハッキリした。それに私の上司も敵らしい。そんな中でこの先も命を賭けては働けない!」


 ブレイブが体全体で私の方を振り返った。


「もし私が怪しいと思ったら、その時はすぐに殺してくれて構わない。だから、それまでアナタのそばに居させて!」


 私の中でどうしようもないくらい、ブレイブに対する気持ちが込み上げていた。

 いや、最初から判っていたのだ。

 初めて会った時から気付いていたのだ。

 『私はブレイブと一緒にいたい』と。


 ブレイブはしばらく考えこんでいるようだった。

 やがてその口を開く。


「リシアとか言ったな。アンタは魔法だけじゃなく、伝説や伝承にも詳しいんだよな」


 その言葉に、私は光が射すような希望を感じた。


「ええ、ええ。それだけじゃなく古代語や暗号にも精通しているわ」


「『聖魔王』についても、有名な論文を発表するほど知識があるとか」


 それはちょっと買いかぶり過ぎな気がするが、このチャンスを逃す訳には行かない!


「ええ、その通りよ」


 ブレイブは再び私に背を向けた。


「明日の正午、ギルドの食堂に来てくれ。シータとナーチャにアンタを紹介する。それからアンタの服は隣の部屋にある」


 そう言って部屋を出て行った。



 こうして私は『ザ・ブレイブ』と呼ばれる男の仲間になった。

 中央には「調査は継続中。なおナーリタニアの秘密調査員が聖魔王の手下であった事が判明したので、私がその役目を引き継ぐ」と連絡した。

 中央は反対したが、もうそんな事はどうでもいい。

 私はブレイブのそばに居られるのだから。


 未だに彼の本名も住んでいる所も判らないし、シータとナーチャはライバルが増えた事で不満を感じているらしいが、今の私は生まれて初めて「心から愛せる男」を見つけたのだ。

 こんなに嬉しい事はない。


 そして…あんな小娘や、ケダモノ本能女に負ける訳にはいかない!

 ブレイブは必ず私の男にするんだ!



>この続きは、明日9:04投稿予定です。

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