第35話 「桜色の舞姫」というスパイが心を捧げた男、それが俺!(その4)
……ブレイブ、彼が?……
私が目で追っていくと、彼はカウンターに座ってバーテンダーに何かを注文した。
バーテンダーが出したのは白い液体だ。
見たところ牛乳のようだが?
改めて彼を見る。
長身だが「身長2メートルを越える大男」ではないし「腕の太さ」も普通だ。
「顔中に剛毛を生やしている」とかデマもいい所だ。
精悍さはあるが、むしろまだ幼い印象さえ受ける。
また「金色の鎧を着た騎士」ではないし、「どこかの王族の隠し子」とも「有名な貴族騎士の仮の姿」とも思えない。
人の噂とはいい加減なものだ。
私は自分のグラスを持って、彼のいるカウンターに向かった。
「隣、いい?」
私がそう聞くと
「人が来るんだ」
と彼は答えた。
「じゃあそれまで」
と言って、私は隣に腰を降ろす。
「さっきはありがとう。絡まれてちょっと困っていたの。お礼に一杯奢らせて」
「ありがたいけど結構だ。高い物は飲んでいない」
「何を飲んでいるの?」
「見ての通り、ただの牛乳だ。俺は酒は飲まない」
「あら『辺境一の勇者』ともあろう者が、お酒はダメなのかしら?」
彼はそれには無言だった。
「あなたが『ブレイブ』なんでしょ?」
沈黙に対してそう聞いた私に、彼は逆に質問を返した。
「そういうアンタは、最近俺の事を聞きまわっている女だよな。何のためだ?」
「アナタのカッコイイ噂を聞いて、興味を持ったからなんだけど、ダメかしら?」
「その割には、シータやナーチャの事まで調べているようだが?」
この男、油断ならない。
逆にどこまで私の事を知っているのだろう。
「いえね、私、あなたのパーティに入れて貰おうと思って」
「俺のパーティ?」
「そう。それでまずは居場所が解っている彼女たちに近づいたのよ」
これは元から考えていた言い訳だ。
これなら不自然さは無い。
ブレイブは答えずに黙ってグラスの牛乳を飲んだ。
……この子、私に興味ないのかしら?なんて生意気な……
普通の男なら私が近くに寄っただけで、興味と期待を目に浮かべるものだ。
私の中で負けん気が顔を出す。
「私、これでもかなり役に立つと思うの。国家資格の上級魔法士の資格を持っているんだから」
「そんな凄い魔術師なら、わざわざこんな辺境の冒険者パーティに入らなくてもいいだろう」
「辺境でないとワクワクするような冒険には出会えないでしょう?それにアナタの名声は州都だけじゃなく、帝都にも届いているわ」
「俺達のパーティは俺が仕切っている訳じゃない。むしろ個々人が勝手に集まっている感じだ。一緒にやりたいなら他の二人に聞いてみてくれ」
それは体のいい断りに思えた。
今まで男からこんな態度を取られた事はない!
手段を変えて、私は手持ちのカードで揺さぶりを掛けてみる事にする。
「あなたって『伝説の魔女』に興味を持っているみたいだけど?」
ブレイブの目が一瞬コッチを見た。
「『伝説の魔女』の遺物に、何の用があったのかしら?」
彼は無言でグラスを傾ける。
だが心にバリヤーを張っただけで、うまい演技が出来ているとは言えない。
こういう点はまだ子供なのだろう。
「もし『伝説の魔女』が甦っているとしたら……」
「そのくらいで止めておいた方がいい。無事には帰れなくなる」
ブレイブは静かにそう言った。
「私を脅すつもりなの?」
その時、店の中に二人の少女が入って来た。
シータ・ムーンライトとナーチャ・ガーネットだ。
「あれ、この女」とナーチャ。
「この前、ウチにも来た人」そう言ったのはシータだ。
ここはいったん退散した方が良さそうだ。
「今日はこれくらいにしておこうかしら。ブレイブ、アナタの顔も見ることが出来たしね」
そうして二人の少女にも手を振る。
「バイバイ、お二人さん。また会いましょうね」
シータとナーチャは不満と疑問が混ざったような表情で私を見ていた。
店を出た私はしばらく周囲をブラブラしてみた。
ブレイブ。
精悍ながら整った顔立ち、だが少年らしさを残していて。
身体はスマートな長身でありながら、鋼のように引き締まった筋肉。
そしてどこか他人を近づけないあの雰囲気。
気がつくと私は、あの少年の事ばかり考えていた。
……この私があの少年に気を取られている?まさか、ありえない……
そう、私が男に心を乱されるなんてあり得ない。
あるはずがない。
私はあくまで仕事として彼・ブレイブの事を気にしているだけだ。
これからどうしようか?
このままホテルに戻るのか、それともギルドからブレイブが出てくるのを待って、家を突き止めるべきか?
考えに没頭していたのであろうか?
気が着くと背後から一人の男がついて来ていた。
尾行か?
マズイ、隠れてブレイブを尾行するために裏通りに入っていたが、それが裏目に出たかもしれない。
だが裏通りならこちらも尾行を撒きやすい。
昼間の内に、この辺の道は確認済だ。
私は次々と横道や脇道に入り、後ろの尾行を撒こうとした。
だが尾行者を振り切る事は出来なかった。
それどころか相手は四人に増えている。
……一度表通りに出よう。その方が安全だ……
そう思って次の角を曲がった時、私は自分の目を疑った。
表通りに通じるはずの道が、行き止まりだったのだ。
……そんな馬鹿な!この道は確かに表通りに通じる道だったのに……
だが後ろからは四人の男が迫ってきている。
しかし振り返ると男達は倍の八人に増えてた。
「八門遁甲の術、八卦の迷宮に
背後、つまり行き止まりの方から声がした。
振り返ると、そこにも五人の男がいた。
……いつの間に……
私は下唇を噛んだ。
八門遁甲の術。
海と砂漠を越えた古代の大国・シン国に存在したという伝説の魔術。
この私でさえ名前しか知らない古代の秘術を、こんな辺境の地の魔術師が使えると言うのか?
こうなったら戦うしかない。先手必勝だ!
「ファイヤー・ウェイブ!」
私は出口の男達に向かって右手を突き出して叫んだ。
『ファイヤー・ウェイブ』は炎の波が連続して敵を襲う技だ。
大勢の相手を一掃するには適している。
だが炎の波は現れなかった。
私は間抜けにも、右手を突き出した姿勢のままだった。
「ファイヤー・ウェイブ!」
もう一度マナを込めて叫ぶ。
だがやはり何の反応も現れない。
……どういうこと、これは?……
先ほどの男が「ククク」と笑った。
「この八卦の迷宮ではな、特定の相手の魔法を無効化できるんだよ。つまり今のオマエさんは只の無力な女って事だ」
男達が迫ってきた。
だがナメてもらっちゃ困る。
私は近接戦闘術でもトップエリートなのだ。
今日はナイフは持ってきていないが、その代わり太股には1ダースもの毒を仕込んだ長針を持っている。
私は長針を両手に四本ずつ引き抜くと、それを前後の敵に投げつけた。
前に四人、後ろに四人。
その喉笛に針が突き刺さる。
これで残りは五人。
楽勝ね。
私の口元に笑いが浮かんだが、すぐにその笑いは凍りついた。
長針を刺された男達は、何事も無かったかのように突き進んで来たのだ。
……そんな馬鹿な。この針には三ツ角バイソンも倒せる即効性の毒が仕込まれているのに……
三度、男の声がする。
「甘いな。コイツらはゾンビなんだよ。毒や多少の攻撃は通用しない」
クソッ、外見が腐っていないからソンビとは思わなかった。
ゾンビたちは一斉に襲ってきた。
私は正拳打ち、手刀、膝打ち、蹴りで応戦したが、痛みを感じないゾンビには何の効果もない。
あっと言う間に私は八人のゾンビに、路上に押さえつけられていた。
先ほどの男がゆっくりと近づいてくる。
その手には注射器が握られている。
「アンタには聞きたい事がある。ゆっくり出来る場所に連れて行ってやるから、しばらく眠ってな」
注射器が首に押し当てられると、私の意識は急速に溶けていった。
>この続きは明日9:04投稿予定です。
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