第34話 「桜色の舞姫」というスパイが心を捧げた男、それが俺!(その3)

 次にダウンタウンにあると言う、ナーチャ・ガーネットの家に向かう。

 こちらは古いとは言え、ビル一棟を丸々所有しているらしい。

 先ほどのシータ・ムーンライトも、可愛らしい新築の一軒家に住んでいた。

 どうやらブレイブのパーティは、金銭的には不自由していないようだ。

 冒険者としては珍しい部類だろう。

 これもブレイブの腕の良さによるものか?

 呼び鈴を鳴らすと、中から赤髪で褐色の肌を持つ、美しい獣人の娘が出てきた。


「ハァ?ブレイブの住んでいる所だって?知らねぇよ、そんなもん」


 私の質問に、ナーチャ・ガーネットは吐き捨てるように答えた。


「それにな、知っていたとしても教えねぇ。見ず知らずのアンタに、なんでそんな事を教えなきゃならないんだよ?」


「お礼ならタップリ出すけど?」


「見くびるな。オレは金で仲間の情報を売るほど、落ちぶれていねぇぜ」


 元・盗賊なら金に弱いかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。


「ま、知らないならしょうがないわね。でもリーダーの住所も知らないなんて、アナタ、本当にブレイブの仲間なの?」


 だがこの挑発にも、彼女は乗ってこなかった。


「ブレイブが必要な時には、俺たちを呼びに来る。それで十分なんだよ。俺たちは好きで彼について来ているんだからな」


 どうやらこの獣人の娘も、ブレイブに心を奪われているようだ。

 二人の凄腕の美少女をこれほどまでに惹き付けているとは、ブレイブとはどんな男なのだろう。


「最後にもう一つだけ。アナタはこの街で『伝説の魔女』について、何か話を聞いた事はあるかしら?」


「『伝説の魔女』ってグレート・ウィッチの事だろ?そんなバケモノの話は聞いた事ねぇよ。そもそもこの街にはグレート・ウィッチに関連する伝説はないだろ?」


 どうやらこの娘も空振りのようだ。

 私は礼を言うと、そこから立ち去った。



 街中で色々な人にブレイブについて聞いてみた所、誰もが同じような話だった。

 男なら「若いのにすごく強い」「辺境一の勇者」と強さを賞賛するものが多い。

 女ならそれにプラス「少年ぽさと精悍さが入り混じったイケメン」「体型は細身なのに鋼のような強さを感じさせる」「クールだが話すと意外に優しい」などとブレイブへの憧れを交えて話す。

 少女から人妻まで、街中の女が彼の虜であるかのようだ。


 その後、私はこの街では高級住宅街であるカウズ地区に向かった。

 だがここでも収穫はなかった。

 いや、むしろ他の場所よりもブレイブに関する話は少ないくらいだ。

 カウズ地区にブレイブが姿を現したことは無いらしい。

 もっとも冒険者と高級住宅地とでは、縁が無いのかもしれないが。


 カウズ地区の一番高い場所にまで来ると、一軒の瀟洒な家があった。

 敷地は他の家と比べてもかなり広い。

 三倍はあるだろう。

 その庭でまだ若い夫婦が楽しそうにバーベキューをしていた。

 真面目で優しそうな夫と、マリンブルーの髪を持った美しく愛らしい妻。

 二人ともまだ十代にしか見えない。

 この国では十六歳で男女とも結婚できるので十代の夫婦がいてもおかしくはないが、この高級住宅地にこんな若い夫婦がいるのは驚きだった。

 実際、周囲の家庭はある程度の年齢がいった家族ばかりだ。

 二人ともとても幸せそうだ。

 白い上品な家と相まって、二人はおとぎ話の世界の夫婦のように思えた。


 私は急いでその家の前を離れた。

 なぜか自分が惨めに思えたのだ。

 私は頭脳も、能力も、容姿も、全て他人より恵まれている。

 唯一恵まれていないのが異性関係だ。

 私の能力が全てにおいて高すぎるせいか、周囲の男がくだらない存在に思えるのだ。

 よって私には結婚願望はない、と自分に言い聞かせている。

 だが今日のような愛らしく幸せそうな夫婦を見ていると、自分に無いモノを見せ付けられたようで、心がかき乱される。

 私はそれ以来、出来るだけカウズ地区には行かないようにしている。



 それから一週間、私は昼は街の市場やカフェで、夜はギルドの食堂兼酒場で情報収集を行った。

 ブレイブは冒険や探索の前後には、ギルドの食堂に現れると言う。

 私は彼が現れるのを待つ間、それまで集めた資料を読み返していた。

 そこで解った事が二つある。


 まずシータ・ムーンライト。

 彼女の出身地はかなり北の辺境地区・タガマヤのターサカ村だという事だ。

 中央の力も十分に及ばない地であり、そこに聖魔王の部下の一人が住み着いていたらしい。

 問題はその部下が住んでいた城で、そこには『伝説の魔女の肖像画』があったらしい、という点だ。

 シータはその城に生贄として差し出された。

 それを助け出したのがブレイブなのだ。

 その際に問題の肖像画は、城と一緒に燃えてしまったらしい。


 次にナーチャ・ガーネット。

 彼女は盗賊団の首領だったが、この盗賊団が最後に襲った荷馬車隊の積荷は美術品だったそうだ。

 問題はその美術品の中に『古代文字の粘土板』があり、それにはどうやら『伝説の魔女について』が一部記載されていた可能性がある、と言うのだ。

 しかし返却された美術品の中には、問題の粘土板は無かったと言う。

 盗まれた時に破壊されてしまったらしい。

 その荷馬車隊の警備を務めていたのがブレイブであり、そこでナーチャと出会ったのだ。


 ……ブレイブが『伝説の魔女』に関連する場所に現れたのは、ただの偶然だろうか?……


 そこまで考えていた時、身体の大きな男が私に近寄って来た。


「お、この美人のネエチャン、またいるじゃん。どうだ、今夜こそ俺と一緒に飲まないか?」


 彼はこのギルドに所属する冒険者だ。

 最初の夜に、情報を集めるために話に付き合った所、それから私を見かけるたびに近づいてくる。

 聞くべき事は聞いたので、この男にはもう用は無いのだが。


「なぁ、どうだい。ちょっと付き合ってくれよ。俺はアンタに出会ってから、もうアンタに夢中でさ」


「悪いけど、今夜はもう先約があるの」


 私は短くそう答えた。

 時間を無駄にしたくない。


「そんなこと言わないでさぁ、一緒に一杯だけでも。俺のオゴリだからさ」


 しつこく言い寄ってくる男に、いい加減ウンザリした私が「どうしてやろうか」と考えていると


「そこ、通してくれないか」


 と涼しげな声が響いた。

 顔を上げると、そこには長身の精悍な感じの若い男が立っていた。

 いやまだ少年の域を出ていない顔つきだ。


「す、すまねぇ、ブレイブ」


 しつこい酔っ払いは、彼を見るとすぐにその場から離れていく。



>この続きは明日9:04に投稿予定です。

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