第33話 「桜色の舞姫」というスパイが心を捧げた男、それが俺!(その2)
私はすぐにナーリタニアに向かった。
ナーリタニアは陸続きではあるが、州都のディオーダまで船で行った方が早い。
丸一日の船旅でティオーダに着き、そこから陸路を二日ほどかけてナーリタニアに向かう。
ティオーダでも第一の調査対象である『ナーリタニアの英雄』については、既に名が知られていた。
中でもティオーダを中心に商売をしている間では有名だそうだ。
ナーリタニアまで行く乗り合い馬車の中で、私は彼に関する様々な話を聞いた。
「『ナーリタニアの英雄』?ああ『ザ・ブレイブ』の事ね」
そう言ったのは中年の女性だ。
「ブレイブのお陰でナーリタニアの周辺は随分と安全になったもんだ。こっちは商売上、大助かりさ」と行商人。
だが「彼はどんな男なの?」と私が訪ねると、様々な答えが帰ってきた。
「身長2メートルを越える大男」とか「腕の太さが丸太ほどもある」とか「顔中に剛毛を生やし、大岩を拳一発で砕いた」とか。
そして近場の町に向かう若い娘達は「金色の鎧を着た美形騎士」だとか「どこかの王族の隠し子」とか「有名な貴族騎士による修業のために仮の姿」と正反対の話もあった。
そんな中で割と信憑性があったのは、御者の話だ。
「俺ら乗り合い馬車の業者も助かっているね。特にナーリタニアに行く主要街道なら心配する事はほとんどない。『ザ・ブレイブ』がどんなヤツかって?俺も見た事はないが、外見は普通の少年だそうだよ。背は高いらしいけどね。ただ冒険にはよく出かけるし、ギルドにも仲間と一緒に現れるらしいんだが、不思議な事に普段の町中でブレイブに会う事はないらしい。どこに住んでいるのか、普段は何をしてるのかも、一切が不明らしいよ」
私はその話しを聞いて、がぜん『ザ・ブレイブ』に対して興味が沸いてきた。
「有名人でありながら、その私生活が一切明かされない存在」
一体どんな人物なのだろうか。
ナーリタニアに着いた私は、まずこの町の秘密調査員であるゼルに会った。
王立調査委員会は、州都や主要な都市には何人かの調査員を置いている場合が多い。
ゼルも普段は市場の管理者をして働き、情報を集めている。
「アンタが帝都から来たエリート諜報員のリシアさんか。噂通りの美人だな」
「無駄口はいいから。それよりもアナタが知っている『ザ・ブレイブ』について教えて」
ゼルを両手を広げて肩を竦め、その後で手帳を取り出した。
「『ザ・ブレイブ』、本名はわからない。『ブレイブ』と言うのはいつからか街の人間が名づけた呼び名だ。出身地も生年月日も不明。年齢は本人が『17歳』と言っている」
「17歳?じゃあ4年前にこの街に現れた時は、まだ13歳だったって言うの?」
「そうなるな。まだ子供だったブレイブはギルドで冒険者登録だけ済ますと、どこのパーティにも属せずに、一人で街を出てモンスターを退治して来たらしい。最初は中程度のモンスターしか倒せなかったみたいだが、一月としない内に大人の冒険者でも苦労するようなモンスターを一人で倒して来たと言われている。一年後にはこの街の冒険者でブレイブに敵う者は居なかったそうだ」
「そんな凄腕なのに、他の冒険者パーティから誘われなかったの?」
「もちろん誘われたさ。それも有名なパーティから何度もね。莫大な支度金も提示されたらしい。だが本人はどこにも関心を示さなかった。なんでも『俺は修業中の身だから。そして目的があるから』と言っているそうだ」
「彼の目的って言うのは、いったい何なの?」
「それは誰も知らない。いくら聞いても答えないらしい。ただ『聖魔王』と『魔女』に関する話題には敏感だと言われている。だから聖魔王の一派か魔女に、家族や一族を殺された生き残りじゃないかって噂だ」
それはありうるかもしれない……と私は思った。
だがそれにしても聖魔王か魔女に復讐するのが目的、と言うのは考え過ぎではないだろうか。
『伝説の魔女』は別格として、普通の魔女だとしても一般の冒険者がどうこう出来る相手ではない。
王立の騎士団が専用の魔術師部隊と一緒に戦って、やっと勝てる程度なのだ。
ましてや『聖魔王』に戦いを挑むなど、子供の妄想にしても度が過ぎている。
「それで彼は今でも一人で行動しているの?」
「いや、今は違う。二年前に『白銀の聖少女』と呼ばれる白魔術師が、一年前に『褐色の疾風』と呼ばれる元・盗賊が仲間になった。どちらも腕は超一流だ」
「まずは彼女達から当ってみるのが良さそうね。この二人の住所も解ってないの?」
「いや、この二人は調査済だ。『白銀の聖少女、シータ・ムーンライト』は街中心部に近い住宅地の一軒家に、『褐色の疾風、ナーチャ・ガーネット』はダウンタウンのビルに住んでいる」
私はまず『白銀の聖少女、シータ・ムーンライト』の家に向かった。
彼女はこの街で、占いや病気や憑き物を直す白魔術師としても有名だった。
よって私はまず客として彼女の家を訪れた。
最初は愛想良く迎えてくれた彼女だが、テーブルについて私の目を見るや否や、態度が硬化していった。
「私は人探しはしませんので!」
かなりつっけんどんな言い方だ。
「あら、私は人探しなんて言ってないけど?」
「目を見れば解ります。そしてアナタの知りたい相手と言うのはブレイブでしょ?」
「すごいわね。それも白魔術かしら?」
「そう思ってもらってけっこうです。他に用事が無ければお帰り頂けますか?」
どうやら彼女のガードは固そうだ。
私は別の事を尋ねる事にした。
「じゃあ一つ。この街で『伝説の魔女、グレート・ウィッチ』について、何か知っている事はないかしら?」
彼女は固い表情のまま答えた。
「特に知っている事はありません。それに魔女に関する事は占いでは解らないのです」
これは本当だろう。
理由は解らないが『伝説の魔女』に関わらず、魔女全般に対して占う事は出来ない。
魔女はこの世界にある通常の物質とは異なる存在であるため、と言われている。
「わかったわ、ありがとう」
私は占いの代金である銀貨を三枚、テーブルの上に置いた。
「お代はけっこうですから」
彼女は固い声のままそう言った。
「じゃあ情報提供料としてでもいいわ」
「それもけっこうです」
彼女は銀貨をつかむと、私に突き出して来た。
私は笑顔でそれを受け取ると、最後に彼女に言った。
「お客様にはもう少し笑顔で接しないと、商売は成功しないわよ。それからアナタがブレイブとかに恋しているのは一目瞭然だから。もっと気をつけないとね、お嬢ちゃん」
>この続きは明日9:04に投稿予定です。
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