第31話 「褐色の疾風」と呼ばれた女盗賊が子を生みたい男、それが俺!(その6)

「そうか。じゃあ死んでもらうしかないな。俺は人を奴隷にするような奴が許せないんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、オレは自分の死を確信した。


 だがオレがやられたらどうなる?

 人質の女達は?


 ネズミの事だ、必ず彼女達を殺して自分は逃げるだろう。


 ……オレはここで死ぬ訳にはいかない!……


 オレは両手の剣をブレイブに向かって投げつけた。

 それと同時に全速力でヤツに突っ込む。


 投げた剣は目晦ましだ。

 本命はオレの両手両足の爪!


 しかしブレイブは、風車のように回転する二本の剣を瞬時に撃ち飛ばし、鉤爪を立てて跳びかかったオレの腕を掴むと地面に投げ飛ばした。


 背中から地面に落ちたオレの喉元に、ブレイブの剣が押し当てられる。

 勝負はついた。だが


 ……この男になら、殺されてもいいかも……


 そんな風にオレは思ってしまった。


 だがブレイブはオレに剣を突きたてなかった。


「オマエ、相打ちを狙ったな?なぜだ、なぜそんなオマエが女達を奴隷にしようとしたんだ?」


 ブレイブの目は静かだった。

 全てを見通すような目だ。


 オレは殺される前に、本当の事を彼に知って欲しくなった。


「オレの部下が反乱を起した。オレも騙されて、さっきまで監禁されていたんだ」


 ブレイブは無言だった。


「だがオレの盗賊団がやった事には代わりはない。責任は全てオレにある。このままオレを殺してくれ。だけど一つだけ頼みがある」


「なんだ?」


「オレが負けたら人質の女が殺されるんだ。だからオレは戦った。だがアンタは強い。アンタなら彼女達を助けられるかもしれない。頼む、人質の女達を助けてくれ!」


 その時、ネズミのクソ野郎の声が響いた。


「ナーチャ!何をしている!女達が殺されてもいいのか?早くそのガキを始末しろ!」


 ネズミとその取り巻き連中が、さらってきた女たちの喉に短剣を押し当てていた。

 それを見ていたブレイブが言った。


「アイツが、その反乱を起したヤツか?アイツが荷馬車隊の女たちを奴隷にしようとしているのか?」


「そうだ」


「生きる価値が無いクズだな」


 ブレイブはオレの喉元に当てていた剣を下ろした。


「ちょうどいい機会だな。アレを試してみるか」


 彼はそう独り言を言うと、両手で刀を右後ろ側に構えた。

 その刀にマナが注入されていくのが解る。

 刀に目では見えないが感覚で解る『光』が集まっていく。


 それと同時に、周囲に空気の流れを感じる。

 それは見る見る強くなっていった。

 風が彼の周囲に、いや刀を中心に集まっているのだ。


「ハアアァァァ」


 ブレイブが気合の声を上げる。

 そして勢いよく身体ごと刀を一回転させた。


「風神剣!」


 その回転の勢いのまま、刀をネズミ達がいる方向に突き出す。

 すると刀の周囲に集まっていた風が、円盤のようにいくつも連なって飛んで行ったのだ。

 風の円盤は狙い違わず、ネズミとその取り巻き達に襲い掛かった。


「うわっ」「ぐおっ」「ギャッ」


 様々な悲鳴が上がり、男たちが顔を押える。

 その前にひざまずいていた女たちは無傷だ。


「威力が足りない。まだ未完成か」


 ブレイブはそう言うと跳躍した。

 そのジャンプ力は獣人であるオレさえも驚愕するほどだ。


 1ジャンプでネズミ達の所に降り立つと、瞬時に銀光が閃く。

 バタバタとまるで人形のようにネズミ達は倒れた。


「うわあぁぁぁ」「ひえぇぇぇ」「バケモノだぁ!」


 残った盗賊たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 だがオレは逆にブレイブの元に走り寄った。

 オレがたどり着いた時、彼は女達全員のロープを切り終わった所だった。


「これでもうアンタらは自由だ。奴隷にされる事もない。荷馬車に乗って元の場所に戻るがいい」


「ありがとうございました」


「本当に助かりました」


「何とお礼を言っていいのか」


 女達は口々に少年に感謝を述べる。


「いや、俺は警備に雇われた者として仕事をしただけだ」


「でも警備の役割は運んでいた積荷の護衛ですよね?私たち一般の乗客を助ける義務は無いのでは?」


 そう言ったのは女達の中でも、少し年上に見える美しい女性だった。

 するとブレイブはその女性を見た。


「アンタはサリーヌさんだよな?」


「はい」


「荷馬車でアンタの息子・ロン君と約束したんだ。必ずお母さんを連れて帰るってな。まだ三歳だって言うのに『お母さんを助ける』って言って聞かなかったよ」


 それを聞いた女性・サリーヌは口を押えて泣き始めた。


「早く息子の所へ帰ってやれ。馬車の用意をする」


 ブレイブはそう言って、馬車の方に歩き出した。

 オレも彼について行き、無言で馬車を整える。

 元気のいい馬を選んで、馬車のくびきに結びつける。


 その時、ブレイブがオレを見ている事に気が着いた。

 気恥ずかしくなったオレは、それをまぎらわすために問いかけた。


「なぁ、アンタはどうして、そこまでして彼女たちを助けに来たんだ」


「さっきも言ったろ。俺は警備係だ。それに人を奴隷にしようとするヤツラが許せない。さらに……」


 彼は一度言葉を切った。

 何かを考えているようだ。


「子供から母親を奪おうとするヤツは、もっと許せない。それだけだ」


 それを聞いた時、オレは今まで感じた事がないような胸の苦しさを覚えた。

 胸の中で心臓がキュンとするような甘い苦しさだ。

 強いだけじゃなく、他人をこんな風に思える男がいるなんて……。


「オレも…ついて行っていいかな」


 思わずそう口走っていた。


「え?」


 ブレイブが驚いたように顔を上げた。


「オレもアンタと一緒に行きたいって言ってんだよ!」


 オレは顔を背けた。

 頬が熱くなるのを感じる。


「俺と一緒に来たって、イイ事なんて無いぞ」


 ブレイブの言葉には、若干の当惑が混じっていた。


「それでもいいんだよ!オレが決めたんだから!」


 オレは思わず叫んでいた。


「オレは今まで自分より強いヤツに会った事がなかった。戦いに負けたのは、今日が初めてだ。そしてオレは自分より強い男の子供しか生まないって決めているんだ!だからブレイブ、オレはアンタの子を産むまで絶対に諦めない!」


 顔から火が出そうな恥ずかしさを感じたが、ここで引き下がる訳には行かない。


「俺にはそんな気はない。俺にはやらなければならない事がある」


「じゃあそんな気になるまで、アンタのそばに居る事にする。アンタの『やる事』を達成させるためにな。その仕事仲間って事ならいいだろ?」


 ブレイブはしばらく無言だったが、やがて「勝手にしろ」と小さい声で言った。


「ああ、勝手にするさ。勝手にアンタに付いていく。ヨロシクな!」



 あれから二年。

 街に着いたオレに、ブレイブはどう手を回したのか、新たな市民権を手配してくれた。


 そしてブレイブには既に、シータ・ムーンライトという白魔術師が仲間になっている事を知った。

 出会った瞬間にオレは悟った。

 シータもブレイブを狙っていると。


 そしてオレはブレイブのパーティの一員になった。

 役目は主に弓矢を使った中長距離の戦闘。

 それとブレイブが相手にするまでもない雑魚モンスターを片付ける事だ。


 未だにオレは、ブレイブとの子作りには至っていない。

 だがオレはいつか必ず、ブレイブの子を産んでみせる。


 オレが人生で出会った最高の男、それが『ザ・ブレイブ』と呼ばれた辺境一の勇者だからだ。



>この続きは明日7:18に投稿予定です。

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