第26話 「褐色の疾風」と呼ばれた女盗賊が子を生みたい男、それが俺!(その1)
ふっ、ふっ、ふっ
オレは杖を繰り出す。
突き、打ち、払い、回転させ。
周囲に結びつけられた多数の棒が、その度に打ち飛ばされ、その反動で別の棒がオレに向かってくる。
オレの褐色の身体から汗が飛び散る。
身体を動かすのは気持ちがいい。
全方向から不規則に向かってくる棒を、オレは全て打ち払った。
「ハッ!」
手に持った杖を支えとし、一気にジャンプして五メートルは離れたビルの壁に飛び移る。
ビルの壁面は平らだが、手足の指先から出した鉤爪で壁に取り付く事が可能だ。
そのまま五階建てのビルを一気に屋上まで昇る。
オレにとっては何でもない事だ。
次に背負った短弓を手にし、屋上から飛び降りる。
そのまま空中で五連射。
目標は地上にある等身大の藁人形だ。
全て的に命中する。
壁面のごく僅かな取っ掛かりを足場にしてショックを和らげるが、周囲の人間には壁を蹴って飛び降りているように見えるだろう。
空中で腰の後ろに着けた双剣を抜く。
今度は先ほどとは別の藁人形を狙う。
「リャッ!」
着地を同時に双剣を交差させた。
藁人形はX字型に切り裂かれる。
立ち上がるとオレは猫型の耳で周囲の様子を探った。
特に不審な存在はないようだ。
「ふうっ」
双剣を再び腰の鞘に収めると、深く深呼吸して胸一杯に空気を吸い込む。
自慢の鼻にも、怪しい臭いは感じられない。
風が気持ちいい。
オレの短く切った赤い髪が風にそよぐ。
オレはナーチャ・ガーネット。
今は『ザ・ブレイブ』のパーティ・メンバーの一人で、主に中長距離の戦闘を担当しているが、その前は砂漠の盗賊団の頭領で『褐色の疾風』と呼ばれていた女だ。
二年前のオレは16歳、トミ砂漠からバークワ山岳地帯にかけてを縄張りとしていた『ロック・キャット盗賊団』の頭領だった。
『ロック・キャット盗賊団』の構成員は約二百人。
盗賊団としてはかなり大規模なものだった。
盗賊と言っても、オレは一般市民の財産は狙わない。
オレ達が狙うのは、大商人や貴族、役人たちからだ。
その日も、昼間にとある強欲な商人の荷馬車隊を襲って、大収穫を得ていた。
オレ達は襲撃の後は慰労の意味で宴を催す。
酒が一通り回った頃、力自慢の男ゴラスが言い出した。
「よぉ~し、今夜も誰がお頭に挑むか、挑戦者を決めようぜ!」
オレはそれを見てため息をついた。
宴の最後は、いつもオレへの挑戦権を獲得するための腕試しが始まる。
なぜ皆がそんな事に執着するかと言うと、オレに勝った相手は一夜オレを自由にできる、という口約束があるからだ。
オレは強い男が好きだ。
プラス、出来れば賢い男がいい。
まぁ「見てくれ」だの「優しい」だのは半分どうでもいい。
最低でも「オレより強い男」でないと、男の範疇に入らないし、受け入れる事もない。
だが生まれてこの方、オレは自分より強い男に出会った事がない。
結果としてオレはアッチの方は未経験だが、つまんねー男とヤッちまうくらいなら、一生未経験で構わないと思っている。
なんせ「男を受け入れる」って事は「子作り」って事だからな。
弱っちい男の子供なんて産む気はない。
オレの手下は近隣でそれなりの腕自慢が集まっているので、今夜も十人近いアホ共が名乗りを上げた。
周囲の連中は、そのバトルを酒の肴に楽しむ訳だ。
……ま、今日も勝つのはゴラスがイザルだろうな……
ゴラスは手下の中で一番の力自慢だ。身体もデカイ。
イザルは剣の腕で一番だ。だが腕試しでは実剣を使う訳じゃない。
予想通り、今日の勝者はゴラスだった。
頑丈な身体を活かし、イザルの木剣の打撃に耐えて掴みかかったのだ。
組み合ってしまえば、体格に劣るイザルはゴラスの敵ではない。
「お頭ぁ~、今夜も挑戦者は俺ですぜ~!」
ゴラスは鼻息も荒く、そう宣言した。
……面倒くせーな……
オレはヤレヤレと言った感じで立ち上がった。
闘技場と貸した広場に中央に向かう。
ゴラスが嫌らしい笑いを浮かべた。
「お頭、俺が勝ったら……」
「わかってるよ、皆まで言うな」
オレはウンザリした表情で左手を上げた。
ゴラスが紅潮した顔で鼻の穴を広げる。
顔で男を判断する気はないが、この性欲と攻撃本能丸出しの顔はゴメンだ。
ゴラスが怒鳴った。
「ゴングを鳴らせ!」
鍋が思いっきり叩かれる。
それが鳴り終わる前に、ゴラスは両手を広げて突っ込んできた。
イザル戦同様、体格で圧倒するつもりだろう。
オレはその場を動かずに見ていた。
ゴラスの両手が、巨大なペンチのようにオレを挟もうとする。
おそらくゴラスは「勝った」と思っただろう。
だが交差した腕の中にオレはいなかった。
そして次の瞬間、ヤツは地面を舐めていた。
オレは元の位置に立っていて、肩越しにゴラスを冷ややかに見た。
周囲の連中にはオレをすり抜けて、ゴラスが地面に倒れたように見えただろう。
だがタネは簡単で、オレは一瞬の内にゴラスの横をすり抜け、同時に足払いをかけてヤツを転ばせただけだ。
「もうこれでいいか?」
オレがそう聞くと、ゴラスは屈辱のためか真っ赤な顔をして立ち上がった。
「今のは俺が足を滑らせただけだ。本番はこれからですぜ、お頭」
……やっぱ頭が悪い男ってのは、考えものだな……
オレは自分の頭をかいた。
「ウオーッツ!」
吠え声を上げてゴラスが迫る。
今度はオレも真正面から当る事にした。
一瞬でトップスピードに上げたオレはジャンプすると、強烈な膝蹴りをヤツの顔面にお見舞いする。
オレから見ればゴラスの動きなどスローモーションだ。
だが周囲からすれば、オレが一陣の風になったように見えただろう。
オレが『褐色の疾風』と呼ばれる所以だ。
オレの動きを人間の目で捕らえる事はできない。
ゴラスは顔面を押えて膝を着いた。
手加減はしてやったし、ゴラスの頑丈さなら大したケガにはならないだろう。
「勝負は着いたな。鼻が折れたかもしれん。手当てしてもらえ」
オレはその場から元の席に戻ろうと歩き出した。
「あっ!」
周囲の短い声が聞えた。
だがその前に、オレの抜群の耳が、オレの全身の体毛が、背後から襲ってくるヤツの気配を捉えていた。
オレは下からすくい上げるように、足を後ろに跳ね上げる。
ガツン、という手ごたえと共に、踵がゴラスの顎を捉える。
ヤツはその衝撃で空中で一回転する。
オレは獣人だ。
パワーでもゴラスごときに遅れは取らない。
尻餅をついたゴラスの背後に一瞬で回る。
背後からヤツの右目に、出し入れ可能な鉤爪を突き当てる。
「ルールには後ろから襲うなんてないぞ。このまま目玉を抉り出してやろうか?」
オレの冷え切った声に、ゴラスは動揺した。
「す、すまねぇ、お頭。俺の負けだ」
「フン」と軽く鼻を鳴らして、オレはヤツを突き飛ばした。そして周囲を見回す。
「今日の宴はこれで終わりだ!明日からは次の獲物の情報を探せ!気を抜くんじゃねーぞ!」
オレは空を飛ぶように跳躍し、その場を後にして自分のねぐらに戻った。
>この続きは、明日7:18に投稿予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます