第25話 「白銀の聖少女」が唯一惚れた男、それが俺!(LAST)

「このままでは済まさん。八つ裂きにして貴様を喰ろうてやるわ!」


 魔辺境伯の身体は不気味に膨れあがり、巨大な爬虫類ともヒキガエルとも昆虫ともつかないモンスターに変異していました。


「小僧、死んで聖魔王様に詫びろ!」


 モンスターは少年を押し潰さんと、カギ爪のある巨大な手を振り下ろしました。

 だが少年は軽い跳躍でそれを避け、刀を一振りするとモンスターの腕を骨が見えるほど切り込んでいました。


「まだ浅いか。修業不足だな」


 少年は呟いて冷静に相手のダメージを見ているようでした。

 だがモンスターの傷は見る見るうちに塞がっていきます。


「グエエエエェェッツ!」


 モンスターがヒキガエルような口で叫ぶと、身体中のイボから汚らしい粘液が飛び散りました。

 壁などに付着すると、その部分から腐るように溶け落ちていきます。

 そしてその粘液は、私の方にも跳んで来ました。


「ッツ!」


 私は声にならない悲鳴を上げ、固く目を閉じました。

 しかし私には何も起こりませんでした。


 一瞬の内に少年が前に立ち、粘液全てを刀で弾き飛ばしてくれたのです。

 次に彼は刀を一閃させ、私を拘束していた枷を全て切り落としてくれました。

 一瞬の早業です。


「後回しにしてすまなかったな。どこかその辺の物陰にでも隠れていてくれ」


 私は彼の言う通りに、太い柱の影に隠れました。


 モンスターは両腕で襲うかと思うと、無数のトゲのあるムカデのような尾でも攻撃します。

 だが少年はその全てを避け、時には刀で受けて、かわしていきます。


 広間からの煙もだいぶ濃くなって来ました。

 かなり火も回っているのでしょう。


「そろそろ決着とするか。ちょうどいい練習台だしな」


 少年はそう言うと動きを止めました。

 刀を構え、力を込めているように見えます。

 そしてその刀は青い燐光を放っているようでした。

 モンスターが真正面から襲い掛かって来ます。


「閃光剣!」


 少年はそう叫んでモンスターに飛び込んで行きました。

 少年の周囲を無数の光が取り囲んだかと思うと……


 モンスターはバラバラに吹き飛んでいきました。

 まるで音もなく爆発でもしたかのように。


 そして彼は、凄惨な戦いの後なのに、まるで何事もなかったかのように立っていました。

 その丹精な横顔は、少年らしい繊細さと、勇者らしい精悍さを湛えて。


 少年は私に近づいてきました。

 私は下着姿なので恥ずかしくて胸と股間を両手で押えていると、彼はそんな事は関係ないかのように怖い顔で質問しました。


「アンタは、宝物室にあった肖像画を見たのか?」


 今まで見せなかった厳しい表情でした。


「いえ、見てません。魔辺境伯も『聖魔王の許しがないと見れない』と言っていて……」


「そうか、良かった」


 彼は心底ホッとしたようにため息を付きました。


 私には不思議です。

 魔辺境伯さえ顔色一つ変えずに倒した彼が、なぜこんな事でそんなに安堵するのか?


 少年は手近にあった高価そうな布を引き裂き、「これを身体に巻きつけろ」と言って手渡してくれました。



 その後、私たちは外に出て、夕日の中で焼け落ちる城を眺めていました。

 魔辺境伯を倒した後、少年は私の頼みにより、地下に閉じ込められていた女性を助け出してくれました。

 両足を失い、魔族に汚された彼女は、村には戻らずにどこか遠い町に行って暮らすそうです。


「分けて貰った宝物でしばらくは何もしないで生活できるから。その後は、服作りの仕事でも見つけるつもり。私は手先は起用だから」


 移動用のロバに乗った彼女は、明るくそう言っていましたが、やはり心のどこかでやり切れないものを感じているようでした。

 ちなみに宝物室の宝で売れそうな物は、少年が持ち出して山分けにしてくれたのです。


「アンタはどうするんだ?」


 少年は私にそう尋ねました。


「私は……私ももうターサカ村に戻るつもりはありません」


 そしてあの森の小屋にも……


「そうか」


 彼は何の感情もなく、そう言っただけでした。

 それを聴いた私は、悔しいような、寂しいような、何とも言えない気持ちが沸き起こってきました。


「あ、あの、あの、私、アナタと一緒に行きたいです!」


 思わずそう叫んでいました。

 少年は驚いたように振り返りました。

 でもその時には私はもう決心していました。


「私には帰れる場所はありません。そしてあの森で孤独に暮らすのも嫌です。周囲の人からあんな目で見られているのも!私は、私を普通の人として見てくれたアナタと一緒に行きたい!」


 しかし彼は俯いたまま、難しい顔をしていました。


「別に一緒に暮らしたいとか、そこまで言っていません!ただアナタがいる場所に行きたいです!アナタとまた会える街へ!そしてこれからもアナタと冒険をしていきたいのです。私は白魔術師です。きっとアナタの役に立ちます!」


 彼は横目で私を見ました。

 でも明らかに迷惑がっているようです。


「アナタは私を助けてくれました。でも同時にこの事でこの土地には居られないのです。アナタには私を助けた責任があるはずです!私に生きる糧と目標を下さい!」


 もう自分でも何を言っているのか解りませんでしたが、ともかく必死に彼に訴え続けました。

 やがて彼は深いため息をつきました。


「好きにするといい」


 それを聴いて私は両手を組んで飛び上がりました。


「本当ですか?」


「ああ、だけど俺はアンタに合わせる事はしない。着いて来るなら好きにすればいい、と言っただけだ。俺にアンタの行動を止める権利は無いからな」


「ええ、好きにさせてもらいます!ちなみにアナタが住んでいる街はどこですか?」


「ここからはかなり遠いぞ。ずっと南の方、帝都から見て東の辺境地区、ナーリタニアと言う街だ」


「どこだって構いません。私はアナタに着いていきます。ブレイブ」


 私がそう呼ぶと、彼はちょっとウンザリしたような顔をしました。

 両足を失った彼女が、笑顔で私の背中を軽く叩きます。


「あの手の男は苦労すると思うけど、アナタもまだ若いんだから。しっかりね」


「ありがとうございます。本当はアナタが暮らす街まで送ってあげたいんですけど……」


「そんな事をしていたら、彼に置いてけぼりにされちゃうでしょ。こうして助けてくれただけで十分。私の事は気にしないで」


「すみません」


 私が頭を下げると、その隙に彼女はロバを歩ませていました。


「私の名前はアンジェ。またどこかで会ったら声をかけてね!」


 そう言って彼女は夕暮れの中、去って行きました。


「俺ももう行くぞ」


 少年も既に荷物を担いでいました。


「待ってください。私も行きます!」


 少年は今度は小さくため息をつきました。

 でも今度のため息には、どことなく優しさが感じられました。


 私は彼の横に並ぶと尋ねました。


「ブレイブ、あなたは冒険者みたいですけど、他に仲間はいないんですか?」


「いないな。俺は今まで一人でやって来た。それに修業中の身だしな」


「修業中と言う事は、師匠様がいらっしゃるのですか?」


 しかしブレイブからの答えはありません。

 私は話を変える事にしました。


「それじゃあ、ブレイブの冒険者パーティで、私が最初のメンバーって事になりますね!」


 彼は苦笑しました。


「まだアンタと組むと決まった訳じゃない」


「いえ、私はどこまでもアナタに着いていきます。もう決めましたから!」



 これが私とブレイブの最初の出会いです。

 それからずっと心に決めた事があります。


 私の命はブレイブに助けられた。

 私の全てはブレイブのもの。

 そしてブレイブが私の全てです。


「自分の初めては全てブレイブに捧げる」と。



>この続きは、明日7:18に投稿予定です。

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