第17話 自宅が一番の死闘な男、それが俺!(中編)

「しかも魔女の体臭が移っていると言う事は……まさか……」


 レーコの目に悔し涙が浮かぶ。

 もうダメだ。

 こうなったらレーコを止める手段はない。


「アナザー・ディメンジョン・ストリーム!」


「させるか!」


 俺が異次元空間に逃げ込もうとする前に、レーコは右手を突き出した。

 それと同時に俺は、光の檻に閉じ込められる。


「!」


 ……俺の裏必殺技さえ、もう破られたのか?これは急いで新しい技を開発しないと……


 そんな余計な考えが頭を巡ってる間に、レーコが陰々たる声で言った。


「この私に、そんな同じ手が何度も通用すると思うか?異次元の穴など吹き飛ばしてやる!」


 そう言っただけで、俺の背後に出来た『異次元への通路』は、ロウソクの炎を吹き消すように消えていった。


「タダじゃ済まさない。肉片に引き千切っても意識と苦痛を残し、何があったか吐かせてやる!」


 俺としてはその『何があったか』を言わせて欲しいのだが、肉片に引き千切られるのはゴメンだ。


 光の檻が拡大したかと思うと、俺は異次元とも宇宙空間とも言えない『灰色の宇宙』に投げ出されていた。

 周囲にはねじくれた階段や回廊、そして城がデタラメに浮かんでいる。

 どれがどの方向に向いているか解らない。


 これが本当の『ディメンジョン・メイズ』だ。

 これに比べればシャクラ迷宮でレンヌが作り出したモノなど、子供だましに過ぎない。


 そしてこの中では、俺でさえ動く事ができない。

 何しろ浮かんでいる通路・階段・建物、いや地面さえ捻れていて、どこに跳べばいいのかさえ判別できない。

 しかもその状況は刻々と変化している。

 ヘタをしたら時間と空間の狭間に落ち、二度とこの世界に戻れなくなる。


 だがこの中でも俺にも出来る事が一つある。

 俺は現在の大地に手をついて叫んだ。


「クリエイト・ダンジョン!」


 俺の周囲に石の壁が次々とそそり立つ。

 俺の裏必殺技の一つ『ダンジョン・メーカー』だ。

 魔王となる資質の一つであるダンジョンを、俺は自在に作りだせる。

 この術なら例え捻れた空間の中でも、ダンジョンを形成する事が出来る。


 もっとも今の俺の力では、一回の魔法で三階層一空間程度のダンジョンしか作り出せないが。

 それでもこのダンジョンの中で逃げ回れば、レーコも多少は手を焼くだろう。


 俺はそう考えながらダンジョンの奥へと走った。

 ダンジョン内にはカードから召喚したトロールや鬼、ゴースト・ナイトなどを配置したが、レーコ相手には蝿程度にもならないだろう。

 この間にマナを貯め、再びダンジョンを作成すれば、六階層二空間に渡るダンジョンが出来る。

 レーコも追いかけてくる内に、少しは冷静になってくれる事を期待するしかない。


 ダンジョンの最深部に到達した時、俺は体内のマナを確認した。

 よし、これならもう一度『ダンジョン・メーカー』を使えるだろう。


 そう思った時だ。

 目の前を膨大な光の柱と共に轟音が鳴り響いた。

 ダンジョンが破壊され、俺の目の前にはポッカリと巨大な穴が開いている。


 ここにいたら危ない。

 袋のネズミだ!

 俺は一気に宙を飛び、地上に出た。

 十メートルほど離れた空に、レーコが青い電光を帯ながら浮かんでいた。


「ダンジョンと言えど、通常空間に転移させてしまえば最下層の位置は解る。そこを狙って穴を空ければ、わざわざダンジョンの中で鬼ごっこをする必要もない」


 レーコは冷え冷えとする声でそう言った。

 そして右掌を俺に向ける。


「ダンジョンごと消滅させる事も出来たのだけれど、そんなにアッサリと消えてしまっては面白くない。アナタには全てを白状して、その罪を償って貰わないと」


 レーコの目が光っている。

 怖い、とんでもなく怖い。

 しかし俺としても、ここでむざむざと誤解されたまま殺されたくはない。


「出でよ。獄喰百蛇呪ごくしょくひゃくだじゅ!」


 レーコが叫ぶ。

 俺の周囲から紫光を帯びた黒い巨大な蛇が現れる。


 だが!


「俺を甘く見たな、レーコ!」


 俺は背負っていた釣竿ケースから愛刀『破神魔はじんま』を引き抜いた。


「ハッ!」


 俺は高くジャンプすると、目の前の巨大黒蛇に刀を振るった。

 一瞬でその蛇はバラバラになる。

 だがすぐに次の黒蛇たちが襲い掛かってきた。


 俺はその内の一頭の頭を踏み台にしてジャンプし、空中で一回転すると近くの蛇を脳天から地面まで真っ二つにした。


 レーコを傷つける心配が無ければ、俺は容赦なく戦える。

 黒蛇の「掠れば身体全て腐り落ちる」と言う毒牙も、当らなければ問題にならない。


 俺は縦横無尽に跳び、刀を振るい、黒蛇たちを切り刻んでいった。

 『地獄の百蛇』と言っても、俺にとっては丁度いい練習相手だ。


「最近は温いダンジョンのモンスターばかりだったから、ちょうどいいぜ!」


 そこに再び巨大な光の柱が貫いた。

 俺は慌ててジャンプして避けたが、その爆風で吹っ飛ばされる。

 数回転して大地に尻を着いた姿の俺に、レーコが上空から見下ろしていた。


「そう?アナタもだいぶ成長したのね。もう『地獄の百蛇』程度では練習相手にしかならないと?」


 レーコは両手を頭の上に挙げた。

 開いた両掌の間に光の球が発生する。


「じゃあ私自身の手で粉々にしてあげるわ。でも安心して、命は失わないから。でもその苦痛は続くのよ」


「くっ」


 俺の口から葛藤の声が漏れる。


 こうなったら、俺の裏必殺技の中でも最大の攻撃力を持つ『ブラックホール・キャノン』を放つか?

 いくらレーコでも『事象の地平線』まで吹っ飛ばされれば、そう簡単には戻っては来れまい。


 だがその考えを、俺はすぐに打ち消した。

 レーコを傷つけてしまっては意味がない。

 そもそも俺は、レーコとの生活のために冒険を続けているのだ。


 それに『ブラックホール・キャノン』は超小型のブラックホールを生成し、相手にぶつける技だ。

 周囲の全てを巻き込んで行くため、レーコと言えど避ける事は難しいだろう。


 レーコが頭上の光球に魔力を注ぎこんでいる。

 次はかなり強烈な一撃が来るだろう。


 俺は立ち上がった。

 次の攻撃が来る一瞬を狙うしかない。


 光球のエネルギーが高まるにつれ、レーコを中心に突風が渦巻く。

 俺は風速80メートル以上の風に耐えた。

 そんな荒々しい嵐の中でも、レーコの姿は美しい。

 光の球を掲げる女神のようだ。

 もっともこの場合は『破壊の女神』なのだが。


 レーコの目が一層強く光った。

 今だ!


「ヴァイオレット・スター・ネビュラ!」


 俺は右手を頭上に上げて叫んだ。


 一瞬遅れて、レーコの作った光球から強烈な光の柱が発射される。

 だが俺の周囲を紫の光で輝く星が取り巻き、それが渦巻く銀河となる。

 レーコの光を紫の星々が弾き飛ばす。


 これが俺の五つの裏必殺技の一つ『ヴァイオレット・スター・ネビュラ』だ。

 この紫に光る星の銀河が、物理攻撃からも魔法攻撃からも術者を守る。

 普通は技を放った相手にそのまま跳ね返すのだが、レーコは自分の周囲に常に『魔力の磁場』とでも言うべき力場を発生させている。

 よって跳ね返った光のエネルギーも、空間で捻じ曲げられて彼女に届くことは無いのだ。


「むうぅぅ、小癪こしゃくな!」


 レーコはエネルギーを上げてきた。

 俺も紫光の銀河にマナを注ぎこむ。

 俺の生命エネルギーさえ削り取るほどだ。


「「ハッ!」」


 互いにさらに力を込める!

 俺の『ヴァイオレット・スター・ネビュラ』は、ついにレーコの霊圧に負け、爆発するように飛び散った。


 だが同時に彼女の放った光の柱を捻じ曲げる事に成功したようだ。

 外れた光のエネルギーの奔流は、ブチ当った山脈の一つを粉々に吹き飛ばしていた。


……ココって、俺たちが住むのとは別の異世界だよな?大丈夫か、アレ?……


 俺はこの世界で巻き添えになった人たちに、心の中で謝罪した。



>この続きは明日(12/16)7:18に投稿予定です。

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