第16話 自宅が一番の死闘な男、それが俺!(前編)

 シャンクラ迷宮の『真の宝物庫』と『書物庫』を発見した俺たちは、とりあえず高価で持ち帰り可能な分の宝だけを持ち帰る事にした。

 ギルドでは二階の宿部屋を借りる。

 そこで財宝を山分けするのがいつもの事だ。

 しかし今日だけは、俺はワガママを言う事に決めていた。


「みんな、すまないが今日の戦利品の内、この赤い本だけは俺に譲ってくれ。その代わりに財宝は、俺の分もみんなで分けてくれて構わない」


 リシア・ナーチャ・シータの三人は、互いに顔を見合わせた。


「宝は一切受け取らずに、そんな本一冊でいいのか?」


 と獣耳をピクピクさせて不思議そうな顔をしたのはナーチャだ。


「そりゃ貴重な魔法の本でしたら、宝以上の価値があるかもしれませんが。でも見た所その本は古代文字で書かれているみたいですが、ブレイブは読めるんですか?」


 疑問を呈したのはシータだ。


「いや、俺には読めない。だけどしばらく独力で頑張ってみたい。後でリシアやシータの力を借りるかもしれないが」


 するとリシアが片手をヒラヒラと振った。


「別にいいんじゃない?元々、書物庫に入れたのはブレイブ一人で、古代王ホッターを倒したのもブレイブだしね。私たちに依存はないわ」


「ありがとう。もちろん本の内容について、金になるような話だったらみんなにも伝えるつもりだ」


 頭を下げた俺に、シータが不審気な声を上げた。


「ブレイブ、その本の所有権についてはいいとして、どうしてそんなに固執するんですか?」


「どういう意味だ?」


「だっていつものブレイブらしくないです。いつもどんな財宝でも『まずはオマエ達で好きなように分けろ』って言うじゃないですか。今日に限って、しかもそんな価値がありそうとも思えない本に執着するなんてオカシイです」


「前にも言っただろう。俺には目的があるんだ。そのために探しているモノがある」


「その目的って、一つは『聖魔王を倒す』ですよね?でもブレイブはどっちかと言うと、聖魔王を避けているように思えます」


 それを聞いて、ナーチャが鼻を「フン」と鳴らした。


「あったりめーだろうが。シータ、オメーは聖魔王を強さを知らねーのか?」


「もちろん知っています。かってはあの『伝説の魔女・グレートウィッチ』と並んで、世界の三分の一を支配した伝説の魔王ですから。その力は天災レベルだと言う事も」


「だったら聖魔王との戦いを避けるのは当たり前だろ?いくらブレイブが強いって言ったって、聖魔王とガチでやり合えば勝てるかどうか解らねぇ。いや、現時点では負ける可能性が高い。そもそもオレ達四人で、聖魔王の魔軍と戦えるのか?相手には五人の『魔将軍』と三人の『魔賢者』が幹部としているんだぞ?幹部の一人だって相手に出来るかどうか」


「それは私も解っています。もちろん今すぐに『聖魔王と戦え』と言っている訳じゃありません。でも私にはブレイブが『聖魔王に見つからないようにしている』と思えるんです」


 そこでシータは俺に顔を向けた。


「ブレイブ、あなたが本当に探しているモノって何なんですか?」


 俺は答えに詰まった。


 むろんシータやナーチャ、リシアなどの仲間を疑っている訳じゃない。

 彼女たちは、俺が『魔女を人間に戻す方法を探している』と言えば、全力で協力してくれるだろう。


 だが……それを話す事で『伝説の魔女』であるレーコの事が漏れないだろうか?

 『魔女を人間に戻す方法』なんて探しているヤツは、そんなにいない。

 そして街の人はともかく、聖魔王だけは『伝説の魔女・グレートウィッチが甦った』と言う事を知っているはずなのだ。


 先ほどダンジョンの中で、シズ姫に見せられた幻覚が思い出される。

 灰燼と化したこの街。

 そして連れ去られるレーコ。

 俺は頭を振った。


「すまない。だが今は言えない。言いたくない」


 それまで黙っていたリシアがパンパンと手を打った。


「ハイハイ、それじゃあこの話はお終い!今までだってブレイブは公平に財宝や魔石を山分けして来たじゃない。そこに不満がある訳じゃないでしょう?それに……」


 そこまで言って彼女は赤い唇をチロリと舐めた。


「私たちの本当の目的は、財宝なんかじゃないでしょ?」


 ナーチャとシータが喉に何かがつかえたような表情をする。


「ま、まぁな、確かに」とナーチャ。赤い顔をしている。


「ん、まぁそうですね。だから本当はその本って、シズ姫を封印してお持ち帰りしてるんじゃないかって疑っちゃって……」


 俺は苦笑した。

 シータ、色んな意味でカンの鋭い子だ。



 いつものように尾行に注意しながら、メインストリートから外れた古道具屋に入る。


「お帰り、ブレイブ。今日はどんな収穫があった?」


 出迎えてくれたのは、本来は表通りで武器屋と武器工房を構えるハンスだ。


「今日は軍団ムカデの魔石を手に入れた。これがそうだ」


 俺はハンスに皮製の巾着袋ごと渡した。


「ほぉ~、軍団ムカデか。これはまた珍しい魔石だな。何に使えるか楽しみだ」


 俺は刀以外の装備を外し、ハンスに預ける。

 刀と赤い本を手にして裏口へ向かう俺に、ハンスが尋ねた。


「その本はなんだ?」


「これは俺の取り分だ。売る気はないよ。もっとも武器屋のアンタに役に立つ物とは思えないけどな」


 それを聞いてハンスは苦笑しながら両肩を竦めた。



 図書館司書であるタダオ・ナミノの姿になって裏通りの古本屋を出ると、俺は自宅のあるカウズ地区に向かった。

 今日も近所のお爺さんや主婦達が挨拶の声を掛けてくれる。

 俺もそれに愛想良く返事をする。

 やがて白い壁に青とグレーの瓦がランダムに配置された瀟洒しょうしゃな家が見えてきた。

 敷地も周囲の家より広い。

 俺の家だ。


 俺はいつも通り、敷地に入る前と玄関に入る前に本を取り出し、呪文を唱えて結界と封印に異常がない事を確かめた。


 この家は見てくれが瀟洒なだけじゃない。

 ちょっとした城が買えるくらいの金が掛かっているのだ。

 素材だって対物理攻撃だけではなく、魔法攻撃にも耐えられる素材を使っている。


 何しろ怒った時のレーコは凄まじい。

 その魔力はこの近辺の魔物やダンジョンのモンスターなんて比較にならない。


 よって家の素材も普通の木材や石に見えて、とてつもなく頑丈な魔法素材の木や石を使っている。

 さらにレーコの魔力を聖魔王に嗅ぎ付けられないように、強力な封印術を施している。

 周囲に高名な防御魔術師を住まわせ、結界と封印を行わせている。

 彼らには『ここに過去の魔女遺跡があった』と説明している。


 玄関を開くと、いつものように輝く美貌を持つ美少女が、輝く笑顔で飛びついて来た!


「お帰り、タッ君!」


「ただいま、レーコ!」


 飛び込んで来たレーコを俺は抱きしめる。

 そのままキスしようとするが、唇が触れる寸前でレーコが俺の肩を押し留めた。


「ちょっと待って。タッ君、何か変な感じがする」


 レーコが眉根を寄せている。


「え?どういう意味?」


「この匂い、サキュバスじゃない、魔女の移り香?体臭?」


 俺は顔色が青ざめるのを感じた。

 確かに最後にシズ姫に抱きつかれていた。

 だけどあの時とは服装が違い、匂いは残っていないはずなのに。


 レーコは素早く俺の右手を取った。


「ショー・アピアランス」


 彼女がそう唱えると、俺の右手に金色の輝く鍵が現れた。

 それを見てレーコの顔色が変わる。


「これは……魔女が想い人に渡す『ヒドゥンズ・キー』。こんな物を持っているって事は……」


「待て、レ……」


 全部言い終わる前に、レーコは俺を突き飛ばした。


「また……外で女を作ってきたのね!」


 レーコの長い髪の毛が磁気を帯びたようにフワリと拡がる。

 そして一本一本が帯電し、パチパチと青い光を放った。


「待て、俺の話を!」


「しかもこんな鍵を持つ約束をするなんて……この先もその魔女と浮気するつもりなんだ……」


 レーコの身体ごと宙に浮き上がった。

 周囲の温度が急激に下がって行く。

 気温が霊力に変わってレーコに集中しているのだ。


「ちょっと、冷静になれ!レーコ」


「しかも魔女の体臭が移っていると言う事は……まさか……」


 レーコの目に悔し涙が浮かぶ。


 もうダメだ。

 こうなったらレーコを止める手段はない。


「アナザー・ディメンジョン・ストリーム!」


「させるか!」


 俺が異次元空間に逃げ込もうとする前に、レーコは右手を突き出した。

 それと同時に、俺は光の檻に閉じ込められる。


>この続きは明日(12/15)朝7:18に投稿予定です。

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