第15話 伝説さえ虜にする男、それが俺!(後編)

 書物庫は打って変わって、石造りの暗い雰囲気の部屋だ。

 乾燥はしているが、暗い重々しい雰囲気がある。

 中にはいくつもの古めかしい書棚と、壁際には様々な魔術や妖術の道具らしいものが並んでいる。

 本のタイトルを眺めてみた。

 俺には読めない文字がほとんどだ。

 これらは後でリシアやシータに解読してもらおう。


 さらに奥に進むと、一段高くなって少し開けた場所があった。

 そこには一冊だけの本が置かれた、古風な書見台があった。

 本には頑丈そうな鍵が掛けられ、鎖で書見台に縛りつけられている。


 俺が段の上に昇ろうとした時だ。

 突然、何も無い空間が鎌のようなモノが、横殴りに襲ってきた。

 とっさに後ろに跳んでそれを避ける。


「近寄るな!下郎!」


 声と共に何も無い空間から姿を現したのは、上半身は甲冑武者だが下半身は巨大な蜘蛛というモンスターだった。

 右手には刀、左手には槍を持っている。


「我が宝中の宝、この迷宮の秘中の秘である、シズ姫に触れる事は、このホッターが許さん」


「そうか、オマエが古代王ホッターか」


 俺は背中の刀に手を掛けた。


「だが俺はシズ姫の秘密を知るためにここに来た。悪いが通らせてもらうぞ!」


 甲冑武者の目が光る。


「バカが!貴様なぞ、先に進む事も戻る事も出来んわ!貴様も宝物庫の番人である地縛霊にしてくれる!」


 下半身の蜘蛛が、その鎌のような前足を振るって襲い掛かってきた。

 俺はそれをジャンプして避ける。

 すると上半身の甲冑武者が槍を突き出して来た。

 それを刀で弾く。

 だが着地した所を狙って、蜘蛛が粘液の塊のような糸を発射する。

 俺はそれも跳んで避けた。


 ……遠距離では蜘蛛が、至近距離では甲冑武者が攻撃してくるのか。中々に厄介だな……


 ここは書物庫のため、火炎系の技は使えない。

 また風神剣のような全てを吹き飛ばしてしまうような技もダメだ。

 電撃系の技も書物にダメージを与えてしまうだろう。


……剣技だけによる勝負か。面白い……


 蜘蛛が再び粘液の塊を打ち出してきた。

 ホッターの目には俺を直撃したように見えただろう。

 だが粘液の塊は俺の背後の床にブチ当る。

 その時、既に俺は別の場所に移動していたのだ。

 蜘蛛が焦ったように次々と粘液を発射した。

 だが俺は瞬間移動でもしているかのように、その全てを残像だけを残して華麗にかわしていく。

 俺がホッターの間近に迫ると、敵はその蜘蛛の巨大な前足を振りかぶって攻撃して来た。

 瞬間的に刀を二閃させる。

 その前足が二本ともドサリと落ちる。


「き、貴様!」


 甲冑武者の赤い目が動揺したように点滅する。

 その間に俺は蜘蛛の身体に駆け上がった。

 ホッターが豪雨のように槍の猛打を浴びせてきた。

 俺はそれをことごとく打ち弾く。


「シ、シズは!シズ姫は、誰にも触れさせぬ!」


 ホッターが右手の太刀を振るった。

 その刀を持つ手を切り飛ばした。

 腕は空中で消滅し、刀だけが床に突き刺さる。

 俺は返す刀をホッターの首に横薙ぎに振るった。

 一瞬の間を置いて、その首が身体から滑り落ち、床に転がる。


「シ、シズ姫は……ワシだけの……」


 そう言いながら、首は蒸発するように消滅していった。

 後には金色の鍵が残る。


「その思いは、娘に対して向けるもんじゃねーよ」


 俺は鍵を拾うと、静かにそう言った。



 俺は一段高くなった場所に上がると、書見台の前に立った。

 本に掛けられた錠に鍵を差し込んで回す。

 「ガチャリ」という重い音と共に錠が外れた。

 書見台に繋がった鎖も外れる。

 本を開く。

 すると本からまばゆい光が立ち上り、人の形を取った。

 シズ姫だ。

 彼女は切なそうな笑顔を浮かべると、丁寧に頭を下げた。


「解放してくれて、本当にありがとうございます。私はこの400年間、ずっとアナタのような人を待っていました」


 そう言うシズ姫に、俺はちょっと皮肉っぽく笑う。


「今度は本体みたいだな」


「はい、ここに居る私はちゃんと実体です。アナタに触れる事も出来ます。もちろん、触れられる事も……」


 彼女の頬がちょっと赤らむ。

 俺はそれをあえて見ないフリをした。


「聞きたい事がある。シズ姫は古代王ホッターに、無理矢理魔女にされたんだよな?」


「そうです。父は私に他の男が近づく事を許さず、領地の内外から魔法使いを集めて、城を地下迷宮にしてしまいました。その時に、私も普通の人間から魔女に変えられてしまったのです」


「魔女は霊質的に人間とは異なり、その構成元素も違うらしいな。そこでシズ姫、あんたは『魔女から人間に戻る方法』を研究していたと聞いた。それは成功したのか?」


 俺は一縷の望みをかけて聞いてみた。

 だが彼女は首を左右に振った。


「いいえ、完成する事はできませんでした。その前に父に魔女にされてしまい、この本に封印されていたので」


「そうか……」


 俺は肩を落とした。

 すると彼女は、近くにあった鎖で施錠された書架に向かった。

 その施錠を解き、一冊の赤い革表紙の本を取り出した、


「でもあと一歩の所まで来ていると思うのです。ここに私の研究成果が記されています」


 俺がその本に手を伸ばそうとした時、彼女はそれを引っ込めた。


「どうした、見せてはくれないのか?」


 するとシズ姫は赤い顔をしながら、少しだけ本と差し出すようにした。

 俺が受け取ろうと手を伸ばすと、その隙にシズ姫はしがみ付いてきた。


「シズ姫?」


 俺が驚いた声を出すと


「少しだけ、少しだけこのままで居させて下さい!」


 と彼女は泣くような声で叫んだ。

 そして俺の胸に顔を埋める。


「ああ、これが、殿方の温もりなのですね。初めてこの身で感じる事が出来ました」


 俺はしばらくそのままでいた。


「もういいだろ?気が済んだらその本を渡してくれ」


 だが彼女は子供のように頭を左右に振る。


「これをアナタにお渡しする前に、私からも一つお願いがあります」


「なんだ?」


 シズ姫はしばらく口ごもっていたが、やがて強い決意を秘めた表情で俺を見た。


「私を、アナタの想い人にして欲しいのです」


 俺は沈黙していた。

 その沈黙を彼女はどう受け取ったのか?


「アナタには外の世界にイイ人がいるのかもしれない。でも私は生まれてから400年間、殿方と一切触れ合う事なく、今まで生きてきました。今まではそれでもいいと思っていた。でもブレイブ、アナタに出会って私は、心の底からアナタに惹かれてしまいました。もしアナタが父上を倒して私の封印を解いてくれたなら、私はアナタの女になりたいと心から!」


 それでも沈黙している俺に、彼女は目を潤ませながら訴える。


「もしそれがダメなら、せめてこのダンジョンの中では私を妻として貰えませんか?私はアナタに全てを捧げて尽くします。だから……」


「シズ姫」


 俺は彼女の肩に手を掛けると、そっと引き離した。


「アンタの気持ちは嬉しい。だが俺にはやらねばならない事がある。そのためにはアンタの研究が必要なんだ。もしアンタがその本をどうしても渡さないと言うなら、俺は力づくで取り上げるしかない。だがそんな事をしたくない」


 俺は右手を差し出した。


「渡してくれないか?」


 シズ姫はしばらく躊躇していたが、やがて諦めたように赤い本を差し出した。


「ありがとう。感謝する。それからシズ姫、アンタはもう自由だ。この書物庫に閉じこもっている必要はない。ダンジョンを出て好きな場所で暮らすといい。もうこの書物庫の所有権は俺にあるんだよな?」


「ええ、今から鍵をお渡しします。右手を出して下さい」


 そう答えた後で、彼女は泣き笑いのような表情を見せた。

 俺は言われた通り、右手を差し出す。

 その手にシズ姫は同じく右手を重ねた。


「アルデセント・ムーブ・ア・マジックキー。夜の王、封印の王、神秘の王。この閉じられた結界の鍵をこの者に委譲せよ」


 呪文の詠唱が終わると、俺の掌に金色の鍵が現れた。

 そしてその鍵は俺の掌に吸い込まれていく。


「これでこの部屋の扉は、あなたが右手をかざすだけで開きます。扉は宝物庫にしかありませんが」


「感謝するよ、シズ姫」


 短く礼を言った俺を、シズ姫は上目遣いで見た。


「でも私は、ここでアナタが再び訪れるのを待っています。その本だけでは研究の全容を知る事は難しい。アナタはきっと私の知識が必要になるはずです」


「わかった。ではこの次に来る時は、それに見合うモノを土産に持ってくる事にするよ」


「はい。期待しています」


 こうしてダンジョンにまた一人、俺を慕ってくれる女が出来た。


>この続きは明日(12/14)7:18に投稿予定です。

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