第13話 伝説さえ虜にする男、それが俺!(前編)

 『ディメンジョン・メイズ』を抜けると、そこは迷宮の中とは思えない豪華な部屋だった。

 白い大理石の壁に赤い絨毯。

 壁には数々の金銀で出来た彫刻。

 そして宝箱には溢れた財宝や宝剣など。


 ここが『シャンクラ迷宮の真の宝物庫』で間違いないだろう。

 そして宝を守っていたのは亡霊騎士たちだ。

 いずれもこのシャクンクラ迷宮に宝を求めて入ってきた冒険者や騎士たちが、命を落とした成れの果てだろう。

 だがこんな奴らは俺の敵ではない。

 いや、そもそも俺の出る幕さえ無い。

 シータが『昇天』の呪文を唱えると、亡霊騎士の魂は浄化され冥界へと旅立っていった。

 他に人を眠りの世界に誘う『睡魔』や、時間の感覚を忘れさせる『時騙し』などの邪妖精がいたが、これらは珍しかったので俺の『パッケージ・カード』に捕らえる事にした。

 何かの時に使えるだろう。


 だが俺が求める『書物庫』の入り口は見つからない。

 俺たちはいくつかに区切られた宝物庫の部屋を、一つずつ探索して行った。

 一番奥の部屋に入った時、豪華な椅子に座っていた美しい女性が立ち上がった。

 見た目は十八歳くらいの女性に思える。

 薄い青とピンクの衣に、数々の宝石を散りばめたロング・ガウンを羽織っている。


「シズ姫か?」


 俺が静かに尋ねると、彼女はゆっくりと頷いた。


「そうです。私がこの宝物庫の管理人、そしかっては古代王ホッターの娘であったシズ姫です。あなたは『ザ・ブレイブ』と呼ばれる冒険者ですね?」


「そうだ。俺はかってシャンクラ迷宮が地上の城であった頃、存在していたはずの『書物庫』を探しに来た」


 それを聞いたシズ姫の表情が曇った。


「『書物庫』ですか?それを求めてあなたはどうしたいのですか?」


「それを今ここで言う訳にはいかない」


 俺が『伝説の魔女』と結婚している事は、誰にも話していない。

 パーティ・メンバーにさえもだ。


 世間の人にとっては『伝説の魔女が復活した』と言うのも、噂レベルだ。

 もし本当に伝説の魔女・グレートウィッチが甦ったと知れたら、世界中に国々がパニックとなり、軍隊を派遣するだろう。

 俺とレーコの平和な生活が根底から壊れてしまう。


 シズ姫はため息混じりに言った。


「書物庫など、あなた方にとって役に立つ物などありませんよ。そもそもお金にすらならないかもしれない。この部屋にある宝物を持って帰った方が、よっぽど利益になると思いますが?」


「財宝を欲しくないとは言わないが、俺にとっては書物庫の方が重要だ。そこを教えて欲しい」


「……無欲の上か、それとも財宝以上の『力』を欲する強欲の者か」


 シズ姫は冷たい目で俺を見つめた。


「いいでしょう。ですがそのためにはアナタが四つの問いに答えねばなりません。それはアナタに精神的な苦痛をもたらす可能性があります。それでも良いのですか?」


「戦闘ではなく『四つの問い』だと?ダンジョンの魔物らしくないな」


「戦闘では私はアナタに勝てないでしょう。でも甘く見ない事です。私はこのダンジョンのサキュバスの女王にして自らの秘術で魔女になった伝説の姫。覚悟は良いですか?」


 リシアが異論を唱えた。


「待ちなさい。私たちは四人組のパーティよ。なぜブレイブ一人がその問いに答えねばならないの?」


 シータも叫ぶ。


「そうです!私たちがその問いに挑んでも問題ないはず。私たちが彼の助けになります!」


 だがシズ姫を彼女達に冷ややかな視線を向けた。


「別にあなた方が挑んでも構いません。ですがその問いに耐えられる覚悟はあるのですか?それと重要な点は、この四つの問い全てに答えた人間にしか書物庫は開かれないという点です。あなた方が四つの問いに答えたなら、彼には書物庫は開かれません」


 俺は三人を振り返った。


「いい。ここは俺が問いに挑む。俺はどうしても書物庫に入る必要があるんだ。すまないが三人とも見ていてくれ」


 するとシズ姫は満足したように頷いた。


「ではブレイブ、あなたに四つの質問をします」


 彼女が腕を一振りすると、その背後に四つの鍵が掛けられた扉が現れた。


「一つ目の問いです。あなたは過去の恐れを乗り越えられますか?」



 ……気がつくと俺は粗末な小屋の中にいた。

 奴隷小屋だ。

 そこは俺にとって最初の記憶とも言うべき場所だ。

 土間だけの一部屋しかない粗末な部屋。

 ドアはなくムシロが掛けられている。

 そして部屋の片隅に麦わらを摘んだだけの粗末なベッドと、竈が一つあるだけだ。

 そこでは俺はまだ五歳にもならない子供だった。

 その小屋で俺は母と二人だけで暮らしていた。

 父親はいない。

 だが俺にとっては安らぐ場所だった。

 いつも母が居てくれたからだ。

 母はみすぼらしい中でも美しさを失わない人だった。


 俺はいつも母のそばにいた。

 母が仕事中でもそのそばで遊んでいた。

 寒い夜は麦わらの中で母が抱きしめてくれた。

 俺にとって母が世界の全てだった。


 だがその世界は、ある日突然破壊された。

 屈強な男三人が小屋に押し入って来たかと思うと、いきなり母を外に連れ出したのだ!


「ホラ、オマエは次の飼い主の所に行くんだよ!」


「オマエは繁殖用の奴隷なんだからな!次の飼い主の所でも、ちゃんと丈夫な奴隷を産むんだぞ!」


 二人の男に両手を捕まれた母は叫んだ。


「待って、待ってください!せめてあと一日、いえ一晩だけでもこの子と!」


 男たちは笑った。


「オマエにそんな事を言う権利はないんだよ!元々オマエは×××の子孫なんだから!」


「生きていられるだけでも有難く思うんだな!」


 俺は男達に飛びかかった。


「お母さんを放せ!」


 だがもう一人の男に蹴飛ばされた。


「ガキ、オマエもこの小屋から出て行くんだ。これからは男奴隷の小屋で暮らして貰う。これからはダンナ様のために一生懸命働くんだ」


 そう言って男は俺の背中を踏みつけて押える。

 男の力に抵抗できない俺は叫んだ。


「お母さん!」


 母は涙を流しながら振り返って叫んだ。


「タダオ!頑張って生きるのよ!生きていればきっと、いつかきっと会えるから!どこに居てもお母さんはオマエの事を思っているから!」


 それが母の最期の言葉だった。

 体を縛られた母は頑丈な馬車に乗せられて、そのままどこかに連れて行かれた。

 後になって知った事だが、奴隷には主に力仕事を任される消耗品としての男奴隷と、手作業や家事などを行う女奴隷、そして繁殖用の女奴隷がいたのだ。

 母はその繁殖用の女奴隷だった。


 男奴隷の小屋に移された俺は、奴隷の中でも最下層の奴隷だった。

 奴隷にさえ身分があり、俺は『奴隷の奴隷』だったのだ。

 未来もなく、希望もなく、ただ毎日を与えられた重労働をこなすだけの日々だった。


 俺は、俺を見下す周囲の奴隷を、俺をモノ扱いする鉱山の主人達を、周囲の人間全てを、この世界そのものを憎んだ。

 俺にとって唯一絶対だった母を奪った、この世界を……



「うおおおおおお!」


 俺は絶叫した。


「ブレイブ!」「どうしたの!」「大丈夫か!」


 シータ、リシア、ナーチャが俺に駆け寄る。

 膝を着いた俺は顔を上げて、正面にいたシズ姫を睨んだ。


「貴様……俺の過去を覗いたのか……」


 彼女は静かに首を左右に振った。


「いいえ、私にはアナタが過去の何を見たのかは解りません。過去はその人自身のもの。あなたの『恐れ』がそれを見せたのです」


 そして悲しそうな顔をしながら呟いた。


「でもあなたの強い怒り、そして深い悲しみは伝わりました」


 俺は唇を噛みしめて立ち上がった。


「俺は過去を乗り越えた訳じゃない。過去は変えられない。だが未来は変えられる。俺が奪われたのは俺が弱かったからだ。だから俺は力を手に入れる!そして今度こそ、俺の平和は俺の手で守ってみせる!」


 それ聞いてシズ姫が頷くと、背後の扉の一つ目の鍵が砕け散った。


「では二つ目の問いです。あなたは現在の恐れを乗り越えられますか?」



>この続きは、明日(12/12)7:18に投稿予定です。

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