第12話 魔物も濡らす勇者、それが俺!(後編2)
「ここに人間が来るなんて、400年間で初めてかしら?」
不意に左上方から声が響く。
見上げると、俺たちとは九十度ずれた円形の地面に、黒いロングドレスを来た女が居た。
頭に捻じ曲がった巨大な角を着けているが美しい女だ。
「オマエがこの空間を作っているのか?名前は?」
俺がそう尋ねると、女は妖しく笑った。
「威勢がいいのね。そうか、アナタが『ザ・ブレイブ』ね。噂は聞いているわ」
「そりゃ光栄だな。だがこんな部屋に引きこもっていて、外の事が解るのか?」
「ダンジョンのモンスターの一部は、私の使い魔でもあるのよ。こんな風にね」
彼女が両手を広げると、その長い袖口から大量の黒い蝶が飛び出して来た。
「吸血蝶!」シータが叫んだ。
数が多く実体は無いため物理攻撃は出来ないが、相手の吸血だけは行うという厄介な相手だ。
俺は刀を抜きながら頭上で一回転させ、蝶の集団に向けた。
「風神剣!」
今度の風神剣は刀身に沿って竜巻が発生し、黒い蝶を根こそぎ巻き込んで虚空に消えていく。
「こんな子供だましの方法じゃ、俺はやれないぜ」
「そうね。坊やはタダの冒険者じゃなさそうね。さっきの技に免じて名前を教えてあげるわ」
女は怪しく笑った。
だがその目は冷たく光る。
「私は女妖レンヌ。この地を治めていたホッター様の愛人にして、シズ姫様の乳母。アナタ達をシズ姫様に近づける訳にはいかないわ」
その言葉が終わるや否や、周囲の空間から無数の氷の短槍が現れた。
「全て避けられるかしら?」
氷の短槍が一斉に俺達に襲い掛かる。
だが即座にシータが叫んだ。
「出でよ、精霊の城!その契約を持って我を守れ!」
俺たちを取り囲むように透明な光の城が現れる。
氷の短槍はそれに全て弾かれた。
だが俺たちも安心はしていられない。
『光の城』で氷の短槍が当った場所が、凍りついて崩れていくのだ。
シータが驚きの声を上げた。
「まさか、精霊の城が……物理的に存在している訳ではないのに、それを凍らせるなんて」
レンヌが舌なめずりをする。
「ほら、いつまでもそこに閉じこもっている訳にはいかないわよ。いずれその防御も崩れてしまうのだから」
「ここに閉じこもっている気は無い」
俺は背中の刀を抜いた。
「みんなはここで防御だけに専念していてくれ」
それだけ言うと、俺はレンヌに向かって思いっきり跳躍した。
俺はジャンプしながらも、向かってくる氷の短槍を全て刀で弾き飛ばす。
この程度なら閃光剣を使うまでもない。
そのままレンヌに切りかかる。
だが彼女は円盤状の大地と共に、すっと横にスライドして避けた。
「甘いわね。そんな直線攻撃が当るとでも?それよりもアナタ、空は飛べるの?回廊から外れたら次元の狭間に落っこちて、二度と現世には戻れないわよ」
それを聞きながら俺は体を半回転させ、反対側の階段に着地した。
すぐさまジャンプして再びレンヌに切りかかる。
「運が良かったわね。でもそんな事がいつまでも続くとでも?」
そう言いながらレンヌは再び地面ごとスライドして、俺の攻撃を避ける。
だが俺の方も再び体を回転させて、反対側にあった建物の上に着地する。
そしてすぐに跳躍した。
この次は直接レンヌを狙わず、彼女の頭の上にあるアーチ形の橋に向かったのだ。
そこから次は斜め上にある回廊へ、そこから反対側の石畳の場所へ、さらには少し離れた教会の屋根へと、スピードを早めながら次々と跳躍を繰り返す。
「ま、まさか、この上下左右が入り混じった超空間の中を、正確に足場を探して跳躍している?そんな事が!」
まるで『三次元のビンボールかビリヤード』のように飛び回る俺を見て、レンヌが絶句する。
俺はそんな彼女を見て軽く笑った。
そもそも本物の『ディメンジョン・メイズ』はこんなものではない。
レーコと比べれば幼児の児戯に等しい。
高速で空間内を跳ね回り、レンヌを徐々に追い込んでいく。
そして彼女の逃げ場が無くなった所で、俺は再びレンヌに向かって切り込んだ。
「ヒッ!」
レンヌが小さな悲鳴を上げる。
しかし俺の刀は、彼女の首筋にピタリと当てられただけだった。
「これで俺の勝ちだな」
静かにそう言うと、レンヌは諦めの目をした。
「解ったわ。私を殺して先に進むといいわ」
そして潤んだような瞳で俺を見つめる。
「だけど殺す前に、せめて抱いて欲しい。私を」
俺は何も答えなかった。
表情も変えない。
「400年間、ここで一人で待ち続けて、アナタのように強い男に出会った。出会った時間はごく僅かだけど、この短い時間で私はアナタの強さと戦う姿に魅せられてしまったの。アナタに切られるなら本望だわ。でもその前に、私の孤独を慰めて!私を抱いて、アナタの女にしてから消し去って!」
最後は彼女はすがるように叫んだ。
俺は彼女の首筋から刀を戻すと、背中の鞘に収めた。
「俺には、自分に惚れてくれた女を切る刃はない」
レンヌは膝から崩れ落ちた。
円盤状の地面に両手を着く。
「俺たちは先に進む。レンヌ、おまえももうここに留まる必要はない。どこにでも行きたい場所に行くがいい」
レンヌは地面を見つめたまま、「はい」と小さい声で言った。
俺はジャンプしてシータ達の所に戻った。
「あの女は?」そう聞いたのはナーチャだ。
「もう俺たちの邪魔はしない。さあ、先を急ぐぞ」
そう言って俺たちは再び歩き始めた。
>この続きは、明日(12/11)7:18に投稿予定です。
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