第10話 魔物も濡らす勇者、それが俺!(中編)

 回廊を抜けた先にあるのは『サキュバスの庭』だ。

 ここ自体が一種の異次元空間となっており、直径にして5キロほどの広さがある。

 大地には色とりどりの様々な花が咲き乱れ、背の低い木々には芳醇な香りのする果実がたわわに実っている。

 所々には澄んだ泉が湧き、そこからキレイな小川が流れている。

 まるで天国だ。

 ダンジョンの中とはとても思えない。

 ダンジョン内で苦しい戦いを続けてきた冒険者には、ここでの休息の欲求には耐えられない。


 だがこれが曲者なのだ。

 この『サキュバスの庭』に咲き乱れる花の香りには「催眠と催淫」の効果があるのだ。

 そして果実は一口でも齧れば、たちまち激しい性欲に囚われる「催淫剤」なのだ。

 泉や小川を流れる水にも同じ効果がある。

 ここで美しくも官能的なサキュバスが現れたら、冒険者たちがどうなるかは容易に想像できる。


「ブレイブ、ここは私たちが先に」


 リシア・ナーチャ・シータの三人が俺の前に出た。

 彼女達はサキュバスの出現を警戒しているのだ。


 『サキュバスの庭』を四分の一ほど進んだ時だ。

 俺の数メートル先を進んでいた三人の内、リシアが「あっ?」と小さな声を上げた。

 するとシータとナーチャの二人も「なに?」「えっ?」と声を上げる。


「どうした?」


 俺がそう尋ねると、三人は一瞬にして半透明な物体に身体を包まれた。


 ……スライムか?……


 俺がそう思った時、俺の周囲の地面から巨大な触手状の植物が生えてきて、俺を取り囲む。

 スライムの攻撃は、まず対象の全身を包んで窒息させ消化するのが普通だ。

 だがこのスライムは、三人の頭部までは包み込んでいない。

 なぜだ?


「あ、イヤ!」


 シータが悲鳴を上げた。


「くっ、コ、コイツ……」


 ナーチャも赤い顔をして顔を歪ませる。


「ふ、服に、服の下に潜り込んで来る!」


 リシアも苦しそうに、そう訴える。


「待っていろ、いま助ける」


 そう言った俺の手足に、一瞬にして太い頑丈なツル植物が巻き付いて来た。


 ……しまった……


 サキュバスの庭に、こんな植物があるとは知らなかった。

 手足を取られる前ならこんなツルを切り飛ばすのは造作もないが、手足を捕まれた後では力で引き千切るしかない。


「アハハ、驚きました?どうです、リビドー・スライムの味は?」


 森の奥から現れたのは、小柄ながらも豊満な身体つきのサキュバスの少女だった。


「サキュバスには女相手の催淫攻撃が出来ないと思ったでしょう?女を誘惑するのはインキュバスの役目ですからね」


「クソッ、こんな……」赤い顔でナーチャが。


「こんな……卑劣な……あっ」と耐えるような表情でリシアが。


「イヤ、イヤです、こんな、こんな、ああ……」と俯いて目を閉じたシータが。


 それぞれ何とか抵抗しようと身悶える。

 三人とも必死に足を交差させて、股間を閉じようとしている。

 それを見たサキュバスが怪しく笑った。


「無駄です。そのリビドー・スライムは人間の性欲を食べるんです。そして性欲を増大させるため、捕らえた人間に催淫効果のある体液と物理的な接触で、快感を最高度に高めるのです。どんな人間も、いや精霊と言えど、この快楽には逆らえない!」


「ああ」「そんな」「いや、ブレイブの前で!」


 スライムの半透明な触手が、彼女達の衣類の中に潜り込んでいるのが見える。

 男性経験がないシータとナーチャには強烈な刺激だろう。

 いやリシアでさえ、恍惚と苦悶の表情を浮かべている。


「三人とも安心しろ。すぐに助け出す。もう一分ほど待っていてくれ」


 だがサキュバスが言った。


「いくらブレイブと言えども、その触手ツタを引き千切るにはそれなりの時間が!」


「フンッ!」


 俺の全身から三千度を越える超高熱が噴出する。

 一瞬にして俺の手足を捕らえていたツタは焼き切れた。

 俺は背中の刀に手をかけると、抜く手も見せずに一閃させた。

 俺を取り囲んでいたツル植物が全て断ち切られる。

 俺は悠然と歩みより、一番近い所にいたシータのスライムに右手を触れた。

 俺の体内のマナを右手に電気として送り、右手から高出力の電磁波として放出した。

 バンッツ!という激しい音と共に、スライムは破裂するように飛び散った。

 地面に落ちた破片が湯気を立てて消滅する。

 スライムに物理攻撃は効かない。

 細かくしてもまた集合して元どおりになるか、再生するだけだ。

 よって俺は高出力の電磁波で、スライムだけを熱したのだ。

 その熱で内部の水分が瞬時に水蒸気になり破裂した、


 スライムから解放されたシータが崩れるように落ちてくる。

 俺はそんな彼女を左手で抱くように支えた。

 同様にナーチャ、リシアのスライムも電磁波で破裂させる。

 三人とも荒い息で地面に手を着いた。


「まさかこんな短時間で、触手ツタを脱し、リビドー・スライムを消滅させるなんて」


 サキュバスが目を見張る。

 そんなサキュバスに、リシア・ナーチャ・シータの三人は怒りの目を向けた。


「よくも……」


「ブレイブの前で……」


「こんな辱めを……」


 三人の憎悪が燃え上がるのが解った。

 三人はフラつきながらも立ち上がると、サキュバスに迫った。


「絶対にこのままじゃ許せません」とシータ。


「サキュバス全員、皆殺しにしてやる」とナーチャ。


「それじゃあ足らないわ。この庭そのものを焦土にしてやる」そう言ったのはリシアだ。


 だがサキュバスは逃げようとしない。

 観念したように目を伏せる。


「私の負けのようですね。みんな、もう出て来て下さい」


 それを合図に、周囲から何十人というサキュバス達が姿を現した。


「もう私たちにはアナタ達に抵抗する手段がない。私たちを滅ぼすと言うなら仕方がありません」


 最初のサキュバスは顔を上げて俺を見た。


「だからせめて、私たちの中の誰か一人でいいから抱いて貰えないでしょうか?ブレイブ」


 その願いに、俺は呆気に取られた。

 「抱いて欲しい」は予想できたが「一人でいいから」とはどういう意味だ?

 彼女が俺の疑問を察したように口を開く。


「私たちは互いに精神を接続する事が出来ます。アナタが誰かを抱いてくれれば、私たちはその意識を全員が共有できるのです。私たちが滅びる前に、せめて『ザ・ブレイブ』の愛をこの身で感じたい。そうすれば思い残す事はありません」


「アナタたち、何を言って!」


「フザけんな!そんなこと、承諾する訳がないだろう!」


「ブレイブがサキュバスを抱くなんて、私たちが絶対に許しません!」


 リシア・ナーチャ・シータがほぼ同時に声を上げた。

 俺はそんな三人を左手で制する。


「そんな願いは聞けない。俺にそんなつもりはない。だが安心しろ、俺たちはオマエ達を滅ぼさない。ただここを黙って通過させてくれればいい」


「ブレイブ!」リシアが俺を咎める。


「リシア、俺達の目的は敵を殲滅する事じゃない。それに目的の宝物庫に俺の探し求める物が無かったら、再びサキュバス達の手を借りるかもしれない。彼女達は重要な情報源だ」


「しかし!」そう言ったのはシータだ。


「この『サキュバスの庭』を焦土にするのは簡単だ。だがそのために情報が失われたら取り返しがつかない」


 シータは下唇を噛んだが、やがて「解りました」と呟いた。

 他の二人も同様らしい。

 だが肝心のサキュバスは少し残念そうな顔をした。


「ブレイブがそう言われるなら……ではせめて私たちサキュバスの忠誠を受け取って下さい」


「忠誠?」


「そうです。私たち『シャンクラ迷宮のサキュバス』は、シズ姫との400年の契約を破り、ここに『ザ・ブレイブ』を新たな主とする事を誓約します!」


 周囲にいたサキュバス全員が、俺に向かって膝まづき頭を垂れる。

 先ほどまで話していたサキュバスが、その姿勢で顔だけを上げた。


「ザ・ブレイブ、今からアナタ様が私たちサキュバスの王です。何なりとご命令を」


……まぁ、仕方ないか……


 肩を竦める俺と、その背後でサキュバス達を睨みつけるリシア・ナーチャ・シータの三人がいた。



>この続きは明日(12/9)7:18に投稿予定です。

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