第9話 魔物も濡らす勇者、それが俺!(前編)
その後、俺たち四人はナーリタニアから西に向かった『シャンクラ迷宮』に向かった。
昼前にはシャンクラ迷宮の入り口に到着する。
ここで俺たちは早めの昼食を取ると同時に、どのようなルートを進むか作戦を練る。
もっともこの作戦会議については、俺の意見は一つだけだ。
「後から来る、他の冒険者に悟られないルートを取る事」
ダンジョン内のモンスターの強さは、俺にとって問題にならない。
よってルートについては三人に任せる事にしていた。
リシア「他の冒険者たちに追跡されないため、最初に『暗闇の部屋』に行くのはいいとして、問題はその次ね」
ナーチャ「暗闇の部屋の次は普通に行くと『鏡の間』か。あそこは『魔鏡の精・アルル』が出るだろ?シツコイからなアノ女は」
シータ「アルルは
ナーチャ「鏡の間じゃ、オレ達も追い着けないかもしれないしな。この前もアルルは俺たちをブレイブと引き離そうとした」
リシア「じゃあ蛇女の通路を通るっていうのは?アイツならいくらブレイブに横恋慕していても、どうする事もできないでしょう」
シータ「でもあそこを通ると、その分『サキュバスの庭』を通る時間が長くなりませんか?その間に休憩を取ったらサキュバスの『
リシア「そうね『サキュバスの庭』では休憩と取らないで、早めに抜ける事にしましょう。ダンジョンに入ってすぐなら、ここで休む必要はないでしょうし」
三人の相談がまとまったようだ。
彼女たちにとっては『敵モンスターの強さ』よりも、『女型モンスターに出会わない事』の方が重要なのだ。
俺が女性タイプの魔物やモンスターに誘惑される事を危惧している。
実際、このダンジョンにも俺に言い寄り、関係を持とうと迫ってくる女妖魔は多い。
リシアがダンジョン内の地図を持って立ち上がった。
「ルートは決まったわ、ブレイブ。いつでもオッケーよ」
俺も腰掛けていた岩から立ち上がる。
「よし、出発しよう」
俺たちはシャンクラ迷宮の中を、予定通りのルートで進んで行った。
途中で出てきた蛇女の集団は全てナーチャの弓が倒し、鬼女はリシアの双剣の餌食となり、下級女妖魔はシータの白魔術で霧散させられた。
俺としては敵意がない相手は殺す必要はないと思うのだが、三人にとっては女妖魔こそが敵らしい。
俺は剣すら抜く事なく、ダンジョンの中を進んで行った。
『サキュバスの庭』へ続く回廊を進んでいる時だ。
廊下の奥に蠢く気配を感じたナーチャは素早く一矢を放った。
「カチン」と堅い音がして矢が弾かれた事が判る。
「オレの矢が?」
驚くナーチャの声とほぼ同時に姿を現したのは、ダンジョンの中では最も厄介な相手・軍団ムカデの集団だ。
軍団ムカデは体長2mほどの虫型モンスターで、その硬い甲殻は矢どころか剣も大砲を跳ね返す。
そして噛まれた即座に全身がグジュグジュに腐る毒を持っている。
また毒は他にもあり、足先で引っ掻かれればそこから身体を麻痺させる毒が注入され、尾の部分からは様々なステータス異常を引き起こす毒を噴霧するのだ。
さらに軍団ムカデは知性があり、集団で襲ってくる。
その際も遠距離で毒を噴射するヤツ、近距離攻撃を行うヤツに役割を分担してくる。
「軍団ムカデ……こんな浅い階層で出てくるなんて」
リシアも強張った声でそう言った。
「俺の出番だな」
俺は三人の前に出た。
背中の愛刀・破神魔を引き抜く。
軍団ムカデの足が止まった。
生意気にも警戒しているらしい。
俺の戦闘力を悟ったという事か?
前衛のムカデ達が一斉に尾部を持ち上げて、俺の方に向けた。
毒を噴射する。
俺はコマのように一回転して刀を横に振るうと、同時に刀にマナを注いだ。
「風神剣!」
振り出した刀から竜巻のような風が拭き出す。
竜巻はムカデが噴出した毒を押し戻しながら、その尾の部分を切り飛ばした。
俺はムカデ達に向かって走り出した。
ムカデ達も集団で俺に向かって突撃して来る。
俺との距離が5メートルに縮まった時、何匹かのムカデはジャンプして空中から、何匹かのムカデは壁面から、残りのムカデは地面から、全方向から同時に攻撃を掛けて来た。
だが既に俺は刀にマナを込めている。
そして超人的剣技で刀を高速で振るった。
「閃光剣!」
一瞬で二十匹近いムカデがバラバラに切り裂かれた。
俺の周囲にヤツラの肉片が降り注ぐ。
だが俺はそのまま軍団ムカデの群れに切り込む!
またたく間に閃光剣でムカデの群れを蹴散らして行った。
ヤツラに攻撃の隙など全く与えない。
軍団ムカデ相手では、かなり強い冒険者のパーティどころか、軍隊が相対しても全滅は免れないだろう。
しかし俺にとってはちょっとした剣の練習相手程度だ。
大半を駆除した所だ。
突然なにかが洞窟の奥から飛来した。
反射的にそれを避ける。
「ベチャッ」という音と共に、粘液質の塊が背後の壁に付着した。
すると石造りの壁がグズグズと崩れていく。
かなり強力な腐食性の毒だ。
「出てきたか」
俺が刀を構えなおすと、姿を現したのは体長5メートルを超える隊長ムカデだった。
この軍団ムカデを指揮するのが隊長ムカデだ。
その毒も強さも兵隊ムカデとは比較にならない。
身体の硬さもだ。
さしもの俺も単なる剣技だけでは、隊長ムカデの外殻は断ち切れないだろう。
隊長ムカデが突進して来た。
巨体にも似合わず凄まじい速さだ。
俺はギリギリまで引き付けてジャンプしてかわす。
それと同時にその頭部に刀を叩きつけた。
「キンッ」という金属音と共に、刀が弾き返される。
予想通り、腕力と剣技だけではヤツの身体に刃は通らない。
俺が着地すると、すぐさま隊長ムカデも頭の向きを変えた。
そのまま襲ってくる。
そして俺がジャンプしないように、今度はムカデがジャンプして飛び掛って来た。
それが俺の狙いだ。
俺は地を這うように走り出すと、ヤツの腹側に刀を振るう。
「キンッ」先ほどと同じ音と、同じ感触が刀から手に伝わる。
どうやら腹部の硬さも背中側と同じようだ。
俺と隊長ムカデが三度向き合う。
ムカデが今度は鎌首を持ち上げた。
上から一気に俺を襲うつもりか?
だがムカデは、俺の身体の右側をすり抜けるように頭を振り下ろした。
そして俺を中心にトグロを撒くように襲ってくる。
ヤツはその無数の脚で、俺を取り囲むように攻撃したのだ。
しかしそれなら俺にも手がある。
「閃光剣!」
マナを込めた刀を超高速で振るう。
一瞬にして隊長ムカデの無数の脚が切り飛ばされた。
胴体の外殻は切れなくても、その細い脚は別だ。
そして俺は思いっきりジャンプし、ヤツのとぐろから脱出した。
隊長ムカデはとぐろを巻いたままだ。
多くの脚を失ったヤツは、俺を攻撃できないはずだ。
そう思ったのは甘かった。
隊長ムカデはとぐろを巻いて円盤状の形を保ったまま、俺の方に回転しながら飛んできたのだ。
上体を伏せて、辛うじてその攻撃を避ける。
隊長ムカデの円盤は俺の頭上を飛び過ぎると、背後の壁に激突し石壁を抉りながら、バウンドして再び俺に向かって飛んできた。
俺はムカデの円盤を飛び跳ね、地に伏せ、身体を捻ってかわし続けた。
さすがはダンジョン最強のモンスターの一つだ。
そう簡単には倒されてくれないらしい。
背後のメンバー三人は驚愕の目でこの戦闘を見ている。
彼女達にしてみれば、この戦闘自体が異次元の戦いに感じるだろう。
俺の背後にはメンバーの三人、そして俺の正面には隊長ムカデ。
この位置なら大丈夫だ。
「ファイヤード!」
俺が小さく唱えると、俺の全身から炎が吹き上がった。
三千度を越える超高熱放射だ。
そのまま俺は刀を肩口の上、右上段に構えた。
「トンボの構え」だ。
隊長ムカデの円盤が、再び俺に向かって飛んでくる。
今までで一番の速さだ。
その回転で両側の石壁が細かく削られている。
俺は刀に意識を集中した。
俺を包む灼熱の炎が構えた刀に集束して行く。
刀の炎は高温のため、青白く輝いた。
ムカデの円盤が目の前に迫る。
「ムンッ!」
俺は渾身の力で刀を振り降ろした。
刀の青白い炎が急速に伸び、それが竜のような姿となってムカデ円盤に伸びていく。
高速回転する黒光りするムカデの円盤と、青白く輝く炎の竜が交差した時。
「グッシャーン」
岩が砕けるような轟音がしたかと思うと、ムカデの円盤は左右に分かれて爆発するように飛び散った。
俺の通常必殺技の一つ『青竜爆散剣』だ。
「「「ブレイブーーーッツ!」」」
三人が駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」とリシア。
「すぐにステータスと負傷箇所をチェックします」とシータ。
「あの軍団ムカデを一人で倒すなんて……さすが『ザ・ブレイブ』だ」と言ったのはナーチャだ。
俺は片手を上げて彼女達を制した。
「大丈夫だ。どこも負傷はしていないし、毒も受けていない。それよりも先を急ごう」
俺は周囲に飛び散った『燃えるムカデの肉片』を眺めながら、そう答えた。
>この続きは明日(12/8)7:18に投稿予定です。
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