第8話 辺境一の勇者にしてモテ男、それが俺!(後編)

 次に、俺の家がある住宅地とは違う方向の住宅地に向かう。

 市街地と住宅地のちょうど境目に、可愛らしいメルヘンチックな一戸建ての家があった。

 敷地も家も小さいが、品良くまとめられている。

 俺は玄関前にある呼び鈴の紐を引いた。

 可愛らしい鈴の音が響く。

 そしてほとんど鈴の音と同時にドアが開いた、


「おはようございます、ブレイブ!」


 ドアから現れたシータ・ムーンライトの表情は輝いていた。

 着ている服も『白銀の聖少女』の名に恥じない、白い清楚なレース付きのドレスだ。


「おはよう。シータは準備は出来ているか?」


「ええ、昨日から万全にしています!」


「そうか。ではギルドに集合だ。俺は先に行く」


 そう言って立ち去ろうとする俺の服の裾を、シータは素早く掴んだ。


「待って下さい。集合時間まではまだ少し時間があるはずです。上がってお茶でも飲んで行きませんか?」


「俺は特に用が無い限り、人の家には入らない事にしている。何か俺に話があるのか?」


「話したい事はいっぱいあります!」


 シータは挑むような目で俺を見た。


「ならばここで聞こう」


 俺の態度にシータは不満そうな顔をしたが、すぐに口を開いた。


「ブレイブ、あなたは休日は何をしているのですか?私たちには仕事以外では一切連絡がありません」


「休日は休んでいるかトレーニングだ。俺は仕事とプライベートは完全に分けるタチでな」


「私たちにまで秘密にしていると言う事は、私たちを信用していないと言う事ですか?」


 俺はパーティ・メンバーにさえ『タダオ・ナミノ』としての情報は教えていない。

 よって街の女達はもちろん、リシア・ナーチャ・シータの三人でさえ、俺の私生活は知らないし、レーコと結婚している事も知らない。

 これにはレーコはかなり不満を追っているが、「勇者には人気も大切」と自分から言っており、我慢してくれている。

 その分、チェックは厳しいが。

 なおレーコは俺との関係は隠して、三人に秘かに接触しているようだ。

 俺が浮気していないか、それとなくチェックしているのだろう。


「別に信用していない訳じゃない」


「じゃあどうして!」


「さっきも言った通り、俺は仕事とプライベートは分けるタイプなんだ。それとおまえ達三人が俺のプライベートを知らない事は、おまえ達自身を守る事になる」


「……」


「パーティ・メンバーでさえ俺の私生活を知らない事は、この街のみんなが知っている。だから俺の命を狙うアホがいても、おまえ達から俺に関する情報を引き出す事は出来ない。三人ともリスクが減るって言う訳だ」


 シータは寂しそうに俯き、そして俺の裾を掴んだままこう言った。


「それでも……私はアナタと一緒に居たい。どんな危険があろうとも、アナタのそばに居たい。私はアナタの物だから……」


 俺は強引に裾を引き離した。


「悪いがもう時間だ。ギルドに行かなければならない。シータも準備が出来しだい来てくれ。俺は先に行く」

 俺は彼女の表情は見ずに、シータの家を離れた。



 俺がギルド食堂兼酒場に到着してから、十分と経たない内に、リシア・ナーチャ・シータの三人が揃った。

 三人とも時間に正確だ。

 だが席についたその瞬間から、三人の視線は互いに敵意を秘めている。

 俺は誰にも解らないようにため息をついた。

 メンバーは皆超一流なのだが、この点だけが欠点だ。

 俺は軽く咳払いをすると、周囲に人がいない事を確認して打ち合わせを開始した。


「それでは前回に獲得した『サキュバスの石板』について、解った事を報告してもらおう。リシア、頼む」


 リシアは頷くと大きく開いた胸元から、何枚かの紙を取り出した。その仕草もセクシーだ。

 彼女はいつも身体のラインが解る服装をしているが、そのアチコチに武器や魔法具、そして資料を隠している。


 ……一体あの服のどこにそんな物を隠しているのか……


 俺がそう思った時、ナーチャが嫌味っぽく言った。


「胸元に色々と入れているんだな。それはみんなパット代わりか?」


 リシアがムッとした目でナーチャを睨む。


「私にパットなんて必要ないわ。むしろ小さく押えるためかしら。パットが必要なのはアナタでしょ、ナーチャ?」


 ナーチャが自分の胸を押えて口を開きかけたが、俺はそれを止めた。


「そんな話はどうでもいい。まずはダンジョンの情報だ。時間を無駄にしたくない」


 リシアが改めて資料をテーブルの上に広げた。


「例の『サキュバスの石板』には、シズ姫が守ると言われている宝物庫の情報が書かれていました」


「シャンクラ迷宮では三つ目の『真の宝物庫』と言われているヤツだな?」


 ナーチャの問いにリシアが頷く。


「そうよ。過去に二つ発見されている宝物庫はいずれも小規模なモノだと言われている。守護していたモンスターも、さほど強力な相手ではなかったしね。それに『王の間』と思われた部屋に古代王ホッターの棺は無かった。つまりいずれも盗掘や冒険者の目を逸らすための偽装だった可能性が高い」


「シズ姫はサキュバスの親玉なんですよね?」


 そう言ったのはシータだ。


「サキュバスだけじゃないわ。魔女、女吸血鬼、鬼女、雪女、蛇女、ハーピーなど、シャンクラ迷宮で出会う全ての女型モンスターのマスターがシズ姫よ。シズ姫が魔女にされた時、彼女のお付の女官や城内の女性も全てモンスターにされたと言うわ。当然、その全ての能力を使えると思った方が良いでしょうね」


 俺は一番気になっている事をリシアに尋ねた。


「場所がわかったのは『真の宝物庫』だけか?未発見の『書物庫』の方はどうだ?」


 俺にとっては宝物などどうでもいい。

 レーコを人間に戻せる方法が知りたい。

 その可能性は『書物庫』にあるのだ。


「『書物庫』に関しての情報は残念ながら無かったわ。でも石板には『秘められた宝とその鍵』と言う一文があった。それが書物庫に繋がるかも」


「『真の宝物庫』まで行き方は解るのか?」


「完全ではないけど大体は。サキュバスのテリトリーから近い場所なのは確かよ」


「なるほど。力技のモンスターで倒せない相手には、精神的に堕落させるサキュバスの方が効果的かもしれないからな」


「そういうことね。それで行き方だけど、後は現地に行ってみないと判らないわ。それで提案があるのだけれど?」


 リシアは俺の方を向いた。


「まずは先行偵察として、私とブレイブだけ行ってみるって言うのはどうかしら?」


 それを聞いたナーチャとシータが目を向いた。


「そんなプランは却下だ!途中で複数のモンスターに襲われたらどうする?!」


「このパーティはやむを得ない場合を除いて、全員参加となっています。そもそもステータス異常が発生した場合、それを回復させる白魔術は私にしか使えません!」


 そんな二人に対し、リシアは余裕の表情だ。


「前回に探索した場所までしか行く予定はないし、私にも敵探知能力はあるわ。それよりも大勢でダンジョンに潜って、敵に発見されるリスクの方が高いのよ」


 するとシータが、突然あざけるような目になった。


「それでしたら、お歳を召した方はダンジョンで迷子にならないように、外で待たれた方がよいのではないですか?」


 リシアの顔が一瞬だけひきつる。

 だがすぐにシータを小馬鹿にした目をする。


「あら、胸も満足に育っていないお子様の方こそ、迷子にならないようにお家にいた方がいいわよ」


「私はこれでもDカップはあるんですよ!目の方も耄碌もうろくしてますか?オバサマ」とシータ。


「Dカップで威張れるのは中学生までよ。飴でもあげるから、早くお家に帰りなさい。ガキ」


 言い返したリシアとシータの間で、火花が飛び散る。

 そこにナーチャが油をぶっ掛けた。


「二人とも外で待ってろよ。いつ裏切るか解らねぇ元スパイの腹黒女と、お祈りしかできねぇブリッ子なんていらねぇだろ。この程度なら、ブレイブとオレだけで十分だぜ」


 リシアとシータが同時に振り向く。


リシア「は?体力だけが自慢の脳筋ケダモノ女が何を言ってるの?アナタにダンジョンの罠を解除できて?貧相なのは胸だけにしておきなさい」


シータ「私がお祈りしか出来ないブリッ子ですって!サカリの付いた淫乱メス猫女に言われる筋合いはありません!アナタとブレイブを二人きりにしたら、アナタが発情している間にモンスターに襲われるのがオチです!」


 ナーチャも獣耳をピンとさせていきり立つ。


「ハ?胸が何だって?胸だけデカけりゃいいのか?だったら冒険者のパーティは乳牛だらけだぜ!サカリが付いたメス猫だ?一番ブレイブに熱心に迫っているのは、ブリッ子かましてるオマエだろうが!」


 三人が一瞬即発の状況で睨み合う。

 俺は頭を抱えた。

 これさえ無ければ、いいパーティなんだが。


「三人とも止めろ!変なところでいがみ合うな!俺たちは冒険者であって、敵は魔物やモンスターのはずだ」


 我に返った三人は、シュンとした様子で俺を見る。


「シータが言ったように、本人が不参加を表明しない限り、全員参加が俺たちのルールだ。今回も四人全員でシャンクラ迷宮に探索に行く。いいな?」


 俺のその宣言で、三人はしおらしく頷いた。



>この続きは明日(12/7)7:18に投稿予定です。

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