第7話 辺境一の勇者にしてモテ男、それが俺!(前編)

「起きて、タッ君♪」


 レーコの優しい声で、俺は夢の世界からユルユルと目が覚めた。


「う~ん」


「ホラ、もう朝ごはんも出来てるよ」


「まだ眠いよぉ~」


 そんな俺の頬をレーコが人差し指で突く。


「タッ君はいつも寝起きが悪いんだから」


 クスクスという笑い声が聞える。


「レーコももうちょっと一緒に、ベッドの中に居よう!」


 俺はレーコの腰に抱きつく。

 そのままベッドの引きずり込んだ。


「キャッ!」


 彼女の笑ったような小さな悲鳴が聞える。

 俺はレーコに覆い被さるように上になった。

 レーコの豊満な胸に顔を埋める。

 甘~い彼女の体臭が、幸せな気分にさせてくれる。


「コ~ラ、タッ君。朝っぱらから、もう!」


 彼女はそう言いつつも、声は怒っていなかった。

 しばらくレーコのGカップのバストの感触を楽しみ、俺は首筋にキスをした。

 マリンブルーの髪の毛は極上のシルクのようだ。

 そして彼女のどこも甘いミルクのようないい匂いがした。


「アンッ」


 彼女は小さく声を上げる。

 その声を聞くと、俺は朝から強い欲求を股間に感じる。

 彼女を抱きしめて、胸に手を這わせようとする。


「もうっ!ダメだって言っているでしょ!」


 レーコは俺の手を押さえた。

 俺が顔を上げると、レーコの目は少しだが本当に怒っていた。


「今日は『ザ・ブレイブ』として、ダンジョンに行く日でしょ。もう準備しないと間に合わないよ!」


 俺が落胆した隙に、彼女はスルリと身を捻ってベッドから降りた。


「さ、朝ごはんが冷めちゃうから、もう起きて!」


 しぶしぶ俺もベッドから身を起す。

 枕元には一メートルを越える大剣が飾ってあった。


 ……俺とレーコが出会うキッカケになった剣だ。



 俺は洗面所で顔を洗いながら、昨日までの事を思い返した。

 前回、『シャンクラ迷宮』に潜ったのは三日前。

 今日はリシア・ナーチャ・シータの三人と『ザ・ブレイブ』として打ち合わせをする予定だ。

 場合によっては、そのままシャンクラ迷宮に入る事になるかもしれない。



 昨日は『公立図書館司書のタダオ・ナミノ』として、図書館に方に出勤した。

 館長のマハブ・ザナガード氏は、俺が『ザ・ブレイブ』である事を知る数少ない一人だ。

 そして俺にとっては『伝説や魔法に関する知識の先生』でもある。

 俺は「レーコを普通の人間に戻す方法」を探していた。

 聖魔王は『伝説の魔女、グレート・ウィッチ』としてのレーコを必要としているはずだ。

 だからレーコが普通の人間になってしまえば、もう彼女を狙うことはないだろう。

 だが『人間が魔女になる方法』は沢山研究されているが、『魔女を人間に戻す方法』についてはほとんど資料が無かった。

 そんな中で館長が俺に話してくれたのだ。


「シャンクラ迷宮の古代王ホッターがまだ人間だった頃、己の宝物を守らせるため娘のシズ姫を魔女にした。だがそれを察知していたシズ姫は、自らを魔女から人間に戻す方法を研究していたらしい」


「その研究に関する資料は残ってないのですか?」


 勢い込んでそう聞く俺に、館長は難しい顔で自慢の顎鬚を撫でた。


「うむ、それに関する記録は残ってない。よって『魔女から人間に戻る方法』についても成功したかどうか定かではない。もしあるとしたら……」


「あるとしたら?」


「シャンクラ迷宮ではまだ『書物庫』が見つかっていない。おそらくそこにあると思うのだが……」


 それを聞いた俺は、パーティ・メンバーを率いてシャンクラ迷宮を重点的に探索していたのだ。

 そしてやっとたどり着いたのが、三日前の『サキュバスの石板』だった。


 ……あれに何か手掛かりがあるかもしれない。いや、あるはずだ。シズ姫はサキュバスを手下にしていたはずだから……


 ……今日、リシアに会えば何か解るかもしれない……


「なに考えてるの?」


 レーコのその声で、俺はハッとなった。

 いつの間にやら洗面所からダイニング・テーブルの前に居た。


「ボ~っとしちゃって。そんな感じでダンジョンに潜って大丈夫なの?」


 レーコがちょっと心配そうに言う。


「大丈夫だよ。毎日レーコに鍛えられている俺が、モンスターごときに遅れを取る訳がないだろ?」


「ふ~ん」


 レーコは半目気味にした。


「じゃあボ~っとしていたのは、これから三人の美女と一緒になれるから?」


「ち、違うよ。そんなんじゃないって!」


 俺は慌ててそう答えた。

 出かける前にレーコとひと悶着あったら、その日は冒険どころじゃなくなる。


 焼きたてのパンと自家製のソーセージにベーコン。

 それにレーコが作ってくれた豆と白身魚のスープを食べる。

 さっきはちょっとヤキモチを焼いた風の発言をしたレーコだが、今は上機嫌で会話してくれている。

 平和な朝の風景だ。

 この平和な時間だけがずっと続けばいいのに……

 俺はレーコの笑顔を見ながら、心の底からそう思った。


「それじゃあ言ってくるよ」


 俺は食事を終えると立ち上がった。

 レーコも一緒に席を立つと、スーツの上着を取り、俺に着せてくれる。


「ありがとう」


 短く礼を言う俺の鼻を、レーコは摘んだ。

 軽く力を込めてくる。


「浮気は絶対に許さないからね!それから二人っきりで相手の家に入るのもダメ!」


「イタタ!解ってるから!」


「仕事が終わったらまっすぐに家に帰ってくる事!私はずっと待ってるんだから。世間では『ザ・ブレイブは独身』って事になっているけど、だからと言って街の女の子に手を出したらタダじゃ済まないんだから!」


 そう言うとレーコは乱暴に手を放した。


「大丈夫、本当に大丈夫だよ!それじゃあ行ってきます」

 俺はレーコの機嫌が悪くならない内に、家を出る事にした。



 街の中心部まで来ると、裏通りにある古本屋に入る。

 そこで役人らしい上下のスーツから、冒険者らしい綿のシャツと皮製のズボンにベストに着替える。

 そこから裏口を通って反対側の古道具屋に入り、装備一式を身に着けると、辺境一の勇者『ザ・ブレイブ』の出来上がりだ。

 武器屋のハンスが「今日も期待してるよ!」と見送ってくれる。


 古道具屋を出た俺は、街の中心部に近いアパルトメントに向かった。

 繁華街に近いが瀟洒しょうしゃな10階建ての高級アパルトメントだ。

 その最上階に昇る。

 重厚なドアをノックすると、すぐに開いた。


「待っていたわ、ブレイブ」


 顔を見せたのは『桜色の舞姫』ことリシア・トルマリンだ。

 彼女はバッチリ化粧をしているが、身体の線が解る薄いネグリジェのような部屋着を着ているだけだ。

 集合場所はいつもギルドの食堂だが、俺は大抵はその前にメンバーの家を回る事にしている。

 それぞれ個々人が俺に話したい事があるためだ。


「サキュバスから貰った石板の解読はどうだ?」


 そう尋ねた俺に、リシアはサキュバス以上に媚惑的な笑顔を浮かべた。


「こんな所でその話をするの?まずは入って。奥にお茶の用意もしてあるから」


 だが俺は無表情に答えた。


「いつも言ってるだろう。悪いが女性一人の部屋に入る気はない。概略だけ教えてくれればいい」


 リシアはため息をついた。

 そのため息さえ桜色に思えるのは気のせいだろうか?


「アナタの予想通り、古代王の『秘密の部屋』について書かれていたわ。それが未発見の宝物庫か書物庫かは解らないけど」


「そうか、ありがとう。詳しい話はギルドで皆が集まった時に頼む」


 俺が踵を返すと、不意に腕を取られた。


「集合時間までまだ一時間はあるでしょ。せめて少しだけでも……」


 俺は優しく、だがしっかりとリシアの手を掴み、そして俺の腕から離した。


「宝も情報も平等に、だ。それが俺のパーティのルールだよ」


 リシアが小さく下唇を噛むのが見えたが、俺はそれを無視して階段を降りていった。



 次に中心街から少し離れたダウンタウンに向かう。

 その中で敷地は広いが、寂れた感じの一棟のビルに向かう。

 ビルの入り口の前で小さな鏡の前に立ち、横に釣り下がったベルを鳴らす。


「ブレイブか?」


 すぐに返事はあった。

 『褐色の疾風』ことナーチャ・ガーネットの声だ。


「ああ、俺だ」


「ドアのロックは外した。上がってきてくれ」


 彼女はこの古いビル全部を借り切っている。

 色気はないが、元々が岩だらけの山岳地帯を根城にしていたナーチャとしては、こういうシンプルな場所の方が居心地がいいらしい。

 広い敷地の裏庭には、彼女専用の弓や体術の練習場もある。


「いや、ここでいい。今日は俺に個人的に話しはあるか?」


 しばらく沈黙があった。


「そりゃブレイブと二人っきりで話したい事はあるけど……」


「仕事に関する事か?」


「そうじゃないけど……」


「健康面や金に関する話か?」


「いや、そんな話じゃない。金はいつも十分に貰っているだろ」


 再び沈黙が流れた。


「なぁブレイブ、オレたち、いつまでこんな関係なんだ?一体いつになったらオレと……」


「俺はおまえに、仕事以外の事で期待した事はない」


 俺のその言葉でナーチャの言葉は途切れた。


「ギルドに先に行って待っている」


 俺はそれだけ言うと、ビルの前を離れた。



>この続きは、明日(12/6)7:18に投稿予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る