第3話 辺境一の勇者『ザ・ブレイブ』と呼ばれた男(その3)
テーブルに戻ると、シータとナーチャが注文してくれていた紅茶とデザートが並べられていた。
魔石を換金した金額を、俺たちは山分けした。
一人あたり54ギルだ。
俺は三人を見渡した。
「今日の稼ぎもマアマアだ。明日と明後日の二日間は休みにしよう。みんな英気を養っておいてくれ。三日後にもう一度、全員でココに集まる。リシアは悪いけど、それまでに今日の石板の解読を頼みたい」
リシアは俺を横目で見た。
「解ったわ。でもそれまでに緊急の連絡を取りたい場合はどうすればいいの?」
「いつも通りだ。ここの掲示板に出せばいい。または緊急の魔法連絡板に出してくれれば、それ見次第、俺が駆けつける」
リシアはため息をついた。
「結局、アナタの居場所も連絡先も、教えてくれないのね」
「俺は仕事とプライベートは、完全に分ける事にしているんだ。ここの支払いをして来る」
四人一緒にいる時は、基本的に俺が飲食代は支払う事にしている。
カウンターに行くと金髪の二十歳くらいのウェイトレスが笑顔で迎えてくれる。
「ブレイブ、今日もノンアルコールだけ?」
「仕事の帰りだからな。家に着くまでが冒険だと考えている。釣銭はチップとして取っておいてくれ」
俺は銀貨を一枚置いた。
彼女は笑顔でそれを手に取る。
「ねぇ、チップよりも欲しいものがあるんだけど」
「なんだ?」
「今日はもう仕事は終わったんでしょ?この後、少しでいいから私に付き合って欲しいの。二階の部屋で……」
「さっき言っただろ。家に着くまでが冒険だと」
彼女は
「一度くらいお願いを聞いてくれてもいいんじゃない?私がこんな事を言うのは、アナタだけなんだから」
「悪いな」
俺は金髪のウェイトレスに背を向けた。
すると近くの柱の影に、ナーチャが立っていた。
ナーチャは俺と目が合うと、その獣耳をピクピクさせながら口を開いた。
「今日稼いだ金で新しい武器を買いたいと思ってるんだ。弓はもっと強力なモノがいい。それから接近戦用の湾曲刀も新調したい。それにはブレイブにも付き合って欲しいんだ」
強気なこの娘にしては珍しく、顔を赤らめている。
本人にしてみれば、かなりの勇気を振り絞って発言したのかもしれない。
ナーチャ・ガーネット、彼女は『褐色の疾風』と呼ばれている。
獣人の運動能力を駆使し、その敏捷性は並ぶ者がない。
弓の名手であるだけでなく、その素早さを活かした剣術、獣人の腕力による格闘といい、戦闘では頼りになる仲間だ。
彼女は元は南方を縄張りとする盗賊団の首領だったのだ。
その配下は二百人、盗賊団としてはかなりの規模だった。
ある時、俺は宝を積んだ幌馬車隊の護衛を請け負った。
その幌馬車隊を襲ったのがナーチャの盗賊団だ。
俺は彼女の盗賊団と戦い、それを退けた。
それ以来、ナーチャは俺と一緒にいる。
口は粗いしケンカっぱやいが、根は素直ないい娘だ。
そして彼女は野生的な美少女だ。
「武器屋のハンスに話を通しておく。俺なんかに頼むより、専門家の彼に頼んだ方が確実だ」
俺は行きつけの武器屋の名前を口にした。
ナーチャが口を尖らせる。
「何だよ、どうせ休みなら、たまには付き合ってくれたっていいじゃねぇか」
俺たち四人はギルドを出た。
「それじゃ三日後に」
俺はリシア・ナーチャ・シータの三人に片手を上げた。
三人とも不満そうな顔をしている。
だが仕方がない。
誰か一人を特別扱いする事はチームワークに
俺はしばらくメイン・ストリートを進んだ後、裏道に入った。
俺を尾行するヤツがいないかどうか、確認するためだ。
だが何度か裏通りを曲がっていると、不意に目の前に見知った顔が現れた。
先ほど別れたばかりの一人、シータ・ムーンライトだ。
シータも突然の遭遇にビックリしたようだが、すぐに決心した顔でこう言った。
「ブレイブ、私の家に来てくれませんか?一応、ステータス・チェックと回復を行いたいんです」
だが俺は首を左右に振った。
「必要ないよ、シータ。俺が何のダメージも受けていない事は知っているだろう」
だが彼女は引かなかった。
「アナタが強くて、普通のモンスターでは歯が立たない事は十分に知っています。でもモンスターには、どんな毒属性やステータス異常をもたらすか、解らないヤツもいるんです。私はパーティの回復担当として!」
「俺を付けて来たのか、シータ?」
静かにそう問いかけた俺に、彼女は視線を逸らした。
その小さな肩が震えている。
シータ・ムーンライト、彼女は『白銀の聖少女』と呼ばれる、白銀の髪と金色の瞳を持つハーフ・エルフの美少女だ。
パーティでは防御と回復、敵探知を受け持つ。
身体つきは細身で華奢だが、胸は意外なほど大きい。
酒場ではよく他の冒険者達の目を引いている。
だが彼女はその清楚な外見とは裏腹に、内では強い熱情を秘めている。
三人の中で最も俺に積極的にアプローチしてくるのがシータなのだ。
俺がある目的のため、国の外に住む『
シータは周辺の村から『聖なる処女』として魔辺境伯に捧げられる所だった。
成り行き上から俺は彼女を助ける事になったのだが、それ以来、彼女は「俺に純潔を捧げる」事を目標として一緒にいるのだ。
だが俺には、彼女のその好意を受け入れる訳にはいかない理由があった。
「……ごめんなさい」
彼女は小さい声でそう言った。
だが顔を上げると、強い意志を込めて俺にこう言った。
「でもブレイブ、いったい何時になったら、私の『初めての人』になってくれるのですか?」
俺は彼女の視線を真っ向から受け止めた。
だが何も言わない。
「私は、あなたに助けられたのです。私の全てはあなたのモノです。ううん、それだけじゃありません。私は心からあなたを愛しています。だから!」
「シータ……」
俺は静かに話しかけた。
「俺は誰のものでもない。そしておまえも誰のモノでもない」
シータの見開いた目から涙が溢れる。
「それから俺たちは『冒険者』であり『魔王を倒す』という目的で集まった仲間なんだ。その内の誰か一人と特別な関係になる訳にはいかない」
シータは俯いた。
両拳で溢れ出る涙を拭っている。
「では魔王を倒す事が出来たら、その時は私を『女として』扱ってもらえますか?」
「その時が来たら考えるよ」
俺はそれだけ言うと、涙を拭いながら泣き続ける彼女を残し、足早に立ち去って行った。
>この続きは、明日(12/2)7:18に投稿予定です。
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