第2話 辺境一の勇者『ザ・ブレイブ』と呼ばれた男(その2)

 シャンクラ迷宮を出た俺たちは、自分たちの住むナーリタニアに戻った。

 俺たちの住むナーリタニアは、辺境ではもっとも大きな街だ。

 ガッチリとした城壁の門をくぐる。

 警備の兵士たちは俺に敬礼を取った。

 俺も軽く右手を上げて返礼をする。

 警備兵の隊長が俺に、フランクな笑顔で声を掛けて来た。


「よう、ブレイブ。今日は西のシャンクラ迷宮へ行って来たのか?」


「ああ」


「アンタのお陰でシャンクラ迷宮の上層には、もはや危険なモンスターはいないからな。今じゃピクニック気分で行けるそうだよ」


 だが俺は彼をいさめるように見た。


「油断は禁物だ。いつ危険な魔物が下層から上がってくるか解らない。今日も中層上階でイーフリートに出会ったよ」


 それを聞くと隊長の顔も少しこわばった。


「そうか。確かにアンタの言う通りだな。さすがは『ザ・ブレイブ』だ」


 まだ若い兵士(と言っても俺と同じ年齢くらいだが)が近寄って来た。


「ブレイブ、すみませんが俺のこの甲冑にサインを貰えませんか?アナタのサインがあれば、俺まで強くなれそうな気がして」


 隊長は若い兵士に何か言おうとしたが、俺はそれを左手を上げて応じる。


「いいよ、どこに書くんだ?」


「では甲冑の胸の部分に」


 俺は彼が差し出した油墨ゆぼくを手に取り、「The Brave」と書いた。

 書いている最中に彼が質問をしてくる。


「ブレイブ、あなたには七つの必殺技があるとか」


「まあな」


「でも本当はそれ以外に、あまりの破壊力に自分自身で封印している『五つの裏必殺技』があるとか?」


 俺は苦笑した。


「誰に聞いたんだ?」


「軍では噂になっています。でもその裏必殺技は誰も見た事がないって。見た人間は全て死んでしまうから」


 ……ハンスの弟子あたりが、酒に酔った勢いで口を滑らせたのか?


 背後にいたリシアの怒りを含んだ声が聞える。


「ちょっとアナタ、突っ込み過ぎよ。ブレイブに対して失礼じゃないの!」


 それにナーチャが続く。


「そんな技があったとしても、ブレイブが認める訳ないじゃないか。裏必殺技なんて秘密にしているからこそ意味があるんだろ?」


 隊長が慌てて弁解する。


「いや、すまない。コイツには俺が後でよく言っておくよ。気を悪くしないでくれ」


「大丈夫だよ隊長。こんな事くらいで俺は気を悪くしたりはしない。さぁ、出来たぞ」


 俺は書き終わった油墨を若い兵士に返した。

 彼もバツが悪そうな顔をして頭を下げる。

 俺はそんな警備兵達に右手を上げて、門を通り抜けた。


 そのままギルドのある中央広場に向かう。

 いつもの事だが、俺が通るメインストリート沿いに大勢の人が集まっていた。


「ブレイブ」「ブレイブ」「ザ・ブレイブ」「辺境一の勇者!」


 俺の名をつぶやく声が、いつか一つの大きな賞賛となり、ついには大声援となっていった。


 そう、俺は『辺境一の勇者、ザ・ブレイブ』と呼ばれている。

 そして俺の圧倒的な強さは、帝都にまで鳴り響いている。

 このナーリタニアが『辺境最大の街』として栄えているのも、俺が周辺のモンスターをあらかた掃討しており、人々にとって最も危険が少ない街だからだ。

 よってここには、人も、物も、そして多くの情報も集まってくる。

 五年前、俺がこの街に来るまでは、ナーリタニアはそれなりの規模の地方都市の一つに過ぎなかったのだ。

 道路沿いの人々の声が聞えてくる。


「今日も無傷か、さすがは『ザ・ブレイブ』だな」


「しかも見ろよ、あの軽装。防具なんて胸のチェスト・プレートと篭手こてにレッグ・ガードだけだぜ。普通はダンジョンに潜るって言ったら、フル装備の鎧で全身を固めるって言うのに」


「あの人は絶対に敵に攻撃を受けないって自信があるんだろうな」


「それだけじゃない。ブレイブの身体自体も強靭なんだそうだ。普通の冒険者に切りつけられても、彼の鋼の筋肉が弾き返すそうだ」


「見た目は細身で、そんなマッチョな体型じゃないんだけどな。背はけっこう高いけど」


「そうだよな、それに……」


 そして街の女達に声が混じった。


「あぁ、ブレイブ様……」


「なんてイケメンで凛々しいお方なの……」


「少年っぽい美貌の中に漂うワイルドさ……」


「一度でいいから、あんなお方に抱きしめられてみたいわ」


 それを聞いて俺はため息をつきながら、彼女らの方を横目で見た。

 俺は女は苦手なんだ。

 だがその俺の『呆れた目つき』さえ、彼女達を刺激してしまったようだ。


「あ、いま、ブレイブ様がコッチを見た!」


「もしかしてわたし?わたしの事を見てくれた?」


「違うわよ!アンタなんて見る訳ないでしょ!私よ、私!私を見てくれたのよ!」


「なに言ってんのよ!厚かましいわね!アンタなんか見る価値ないわよ!私よ、私なのよ!」


 女達の嬌声が上がる。

 ウンザリだ。

 そして俺の後ろを歩く三人の美女達にも、それが聞えたらしい。

 彼女達の様子を伺うと、憮然ぶぜんとした表情をしている。

 とてもじゃないが、『迷宮で魔物を退治してきた勇者の凱旋』の顔ではない。


 ギルドに到着すると、シータとナーチャを溜まり場となっている食堂兼酒場に残し、俺とリシアは『魔石の換金所』へ向かった。

 二人はいつも不満そうな顔をするが、これは仕方がない。

 俺はパーティのリーダで換金時にサインをせねばならないし、リシアは情報通で交渉には長けている。


 魔石は様々な道具や魔法具の材料となる。

 例を挙げれば照明用のランプや発火具、食品保存用の冷却具などだ。

 他にも繊維や甲冑、武具などを作り出す原料となる魔石もある。

 強いモンスターやレアなモンスターの魔石ほど高い値段で買い取ってくれる。


 今回の俺たちの成果は、サラマンダーが十頭、メタルスライムが12匹、大ムカデが十八匹、雪オオカミが二十頭だ。

 占めて216ギル。一家四人が一ヶ月10ギルで暮らせるので、これはかなりの稼ぎだ。

 そこそこの腕の冒険者でも、一日ではこの十分の一も稼げないだろう。

 換金を待つ間、リシアが柱の影に俺をそっと引っ張る。


「ねぇ、今日は新たに石板を手に入れたでしょ?あれってとても重要な物だと思うの。今夜は私の家で二人で作戦会議をしない?」


 俺は彼女を見つめた。

 リシア・トルマリン。

 彼女は『桜色の舞姫』と呼ばれている。

 そしてその名に恥じぬ美しさと男を絡め取るような魅力がある。

 丹精な顔立ちに豊満な肉体。

 それでいてウエストや手足などは、細く引き締まっている。

 彼女の色気はサキュバス以上だとも言われている。


 だが彼女の最大の魅力は容姿ではない。

 その知性と話術の巧みさだ。

 彼女は元々は帝国の諜報部員だったのだ。

 この地には二つの目的があってやって来た。


 一つは伝説の魔女『グレート・ウィッチ』についての情報を得るためだ。

 『グレート・ウィッチ』の復活は天災レベルだ。

 国が滅びる可能性も高い。

 逆に言えば『グレート・ウィッチ』を味方に出来れば、世界を制覇する事も可能だ。


 二つ目の目的は「辺境一の勇者」を帝国の親衛隊に加入させること。

 つまり俺の勧誘だ。


 だが今のリシアは、そのどちらの目的も放棄している。

 彼女は俺のパーティのメンバーとして行動する事を選んだ。


 リシアは俺の腕に自分の腕を絡めて来た。


「石板の古代文字を解読できるのは私だけでしょ。それをリーダーであるアナタと共有したいのよ」


 なまめかしい声で、そう囁く。

 だが俺は彼女から身を離した。


「いや、それはけっこうだ。パーティの利益も情報も、みんなで平等に分けたい。それが俺たちパーティのルールだ」


「もうっ、イジワル!」


 彼女は妖艶な女性の顔から、急に少女のような可愛らしい態度に変わった。

 こういう点も彼女の魅力なのかもしれない。

 俺は計算が終わったらしい換金所の窓口に向かった。



>この続きは、本日20時過ぎに投稿予定です。

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