第1話 辺境一の勇者『ザ・ブレイブ』と呼ばれた男(その1)
「死ねーーッツ!」
炎の魔神イーフリートが呪いと憎悪を込めて、強烈な炎を吐き出す。
その炎は摂氏三千度を越える。
だが……
「閃光剣!」
俺は右手の愛刀『
三千度を越える炎が剣圧に負けて散り散りに切り飛ばされ、消滅していく。
「まさか、我が炎を切り飛ばすなど!」
驚くイーフリートを横目に、俺は後ろの三人に指示を出した。
「ナーチャ、周囲の雑魚どもを頼む。リシアは退路の確保を。シータは二人の回復を!」
「わかった、任せろ!」と答えたのは獣耳と褐色の肌を持つ美少女・ナーチャ。
「退路の防御と罠のチェックは完璧よ」と答えたのは、豊満な肢体を桜色の薄絹の衣で纏ったリシア。
「二人の回復は解りました。でもブレイブ、あなたの回復は?」そう質問を返したのは、白銀の髪と金色の瞳を持つハーフ・エルフの美少女・シータだ。
「俺の心配など無用だ」
俺は淡々とそう答えた。
実際、俺がこの程度の相手にダメージを受ける事はなかった。
たとえ相手が「炎の魔神イーフリート」であり、冒険者や盗賊達に恐れられる相手であっても。
「人間が、人間ごときが!」
イーフリートは屈辱に
「終わりだ、イーフリート」
俺は静かにそう告げると素早くその懐に入り、イーフリートの四肢を浅く切り、首筋の峰打ちを食らわせた。
殺すつもりはない。
イーフリートは声も上げずに前のめりに倒れた。
俺は胸元から一枚のカードを取り出した。
それをイーフリートの前に投げる。
「シールド」
そう唱えると、イーフリートの身体は光の粒子となり、カードの中に吸い込まれていった。
俺はカードを拾うと裏面を確認する。
そこには確かにイーフリートの姿が写っていた。
先ほどまでのコイツの態度を考えると、すぐには俺に従わないだろう。
だがそれも時間の問題だ。
俺はイーフリートを封印した『パッケージ・カード』をベルトのポーチに収めた。
ポーチの中には他にも沢山のカードが並んでいる。
全て俺が生け捕りにしたモンスターや魔物達だ。
その頃には周辺の雑魚モンスターは、ナーチャの弓矢でほぼ始末されていた。
さすがは元・盗賊団の首領。
『褐色の疾風』と呼ばれた獣人だ。
ただの獣耳の美少女ではない。
そして退路には既に敵の気配はない。
こちらも『桜色の舞姫』と呼ばれたリシアの防御魔法で敵は近づけない。
最も俺にとって雑魚モンスターなど障害にもならないが、帰り道に小バエがブンブンと飛び交っているのもウザイ。
ナーチャとリシアの回復を受け持っているのが『白銀の聖少女』と呼ばれるシータだ。
三人とも一流の冒険者だ。
どこの冒険者パーティーでも、彼女達の実力なら大歓迎されるだろう。
そして三人とも、帝都でも滅多にお目にかかれない美女達だ。
俺は刀を収め、傍らに置いた荷物入れを手に取る。
周囲にはいくつもの魔石が転がっている。
魔石はモンスターの魂の核だ。
奴らは倒されると大抵は魔石を残して消滅する。
だがここに散らばっているのは雑魚モンスターの魔石だ。
今さら俺が拾うほどの価値はない。
その内にここを通りかかった下級冒険者達の小遣いにでもくれてやればいい。
「戻るか」
俺はメンバーの三人に声をかけた、その時だ。
「あの……」
入り口に当る洞窟の影から、一人のサキュバスの少女が姿を現した。
少女とはいえサキュバスだ。
その身体つきは男なら誰もが魅了されるほどだろう。
俺以外の男ならば、だが。
「約束通り、これをお渡しします」
サキュバスの少女はそう言って、俺に石版を差し出した。
「ああ、ありがとう」
俺が石版を受け取ろうと左手を差し出すと、サキュバスの少女は石版を引っ込めるように胸に抱いた。
「でも……あの……その……せめて今夜だけでも、私たちの
サキュバスは意を決したように言葉を搾り出した。
その目は哀願するように俺を見つめる。
「いや、俺は出来るだけダンジョンの中では、夜を過ごさないようにしている」
「そんな……あなた様ほどの勇者なら、夜のダンジョンでも恐れる事はないはずです」
「確かに、このダンジョンで俺を脅かすようなモンスターはいない。だが夜くらいは自分の家で過ごす、これは俺の習慣みたいなものだ」
それに俺には早く家に帰りたい理由があるのだ。
そこまで話した時、横手から白いしなやかな腕が伸びてきて、サキュバスの持つ石版を取り上げた。
リシアだ。
「アナタ、いつまでも愚図ってないで、約束の物を置いたらさっさと自分達の居場所に戻ったらどう?ブレイブはこんな所でいつまでも油を売っているほど、ヒマはないのよ」
「そうそう。出す物を出したらさっさと消えな。そもそもサキュバスなんて魔物の一種なんだぜ。なんならオレがこの場で退治してやってもいいんだ」
ナーチャが短剣をクルクルと弄びながら前に出てきた。
噛み付くような目付きでサキュバスをねめつける。
「あなた方との約束は『イーフリートを倒す。その代わりにサキュバスが持っている石版を貰う』だけでしたわね。それ以外の約束なんて一つもありません」
大人しいはずのシータさえ、キツイ声と共に詰め寄ってきた。
サキュバスの少女は三人に
俺はそんな彼女たちの間に割って入った。
三人を見る。
「まぁ待て。彼女だって善意で言ってくれているんだ。そこまでいきり立つ事はない。それに今後もこのダンジョンを探索するなら、彼女たちの協力はあった方がいい」
次にサキュバスの方を振り返る。
「好意はありがたいが、俺たちは街の人間だ。夜になっても俺たちが戻らなければ、街の人たちは当然心配するだろう。余計な不安は避けたい。石版の件は感謝する」
それだけ言うとサキュバスには背を向けた。
「これで撤収だ。一応、帰り道にもモンスターがいるかもしれないから、気をつけるとしよう」
そう言いながら俺は石板を見つめた。
……今度こそ、俺の望みは叶えられるのか?この石板に『魔女を人間に戻す』手掛かりが……
そんな俺にサキュバスはそっと寄り添った。
服の下に手が差し込まれたが、気に留めるほどではなかった。
「ブレイブ、あなたに『サキュバスの祝福』を……」
彼女は小さくそう唱えた。
そして俺はその意味に気付いていなかった。
>この続きは、本日正午過ぎに投稿予定です。
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