第五話 大河の一滴

「織田勘十郎信行の家臣、津々木蔵人つづきくらんど


 川のせせらぎに消されない声ではっきりと答える。その声を聞いて、薫はさっと立ち上がり私に駆け寄り抱きついた。


「やっと見つけてくれたんやな。遅いわ」


 よかった、間に合った。四百五十年ぶりに抱き合う恋人の背中。以前のたくましい若武者の感触までなまなましくよみがえってくる。


 まてまて、今はあくまで友達だから!


「お兄さんに会うの嫌がってたから、うちこっそり街頭演説見に行ってん。そんでホテルのラウンジまでついていって。雪深がアルと会うとこ見てしもた。もう、嫉妬なんか、勘十郎様をお館さまから守りたいんかようわからん。わからんまま、写真とってしもた」


 そう言いわんわん泣く薫の顔に、淡い月影がさす。そこに、懐かしい前世の顔、左目の下に泣きぼくろのある顔が重なっていた。


「ごめんね、なかなか思い出せなくて」


「ほんまや、うちは雪深に会った時から一気に思い出したのに。それになんで女に転生してんの? 運命の相手はお館さまやなくて、うちやろ。それやのにうちの恋愛対象男や、バイでもないし!」


 一方的に、勘十郎へのぐちをまくし立てられる。そんな性癖を言われても……薫が蔵人と分かっても、友情以上の感情は芽生えてこなかった。


「アルが兄上ってわかってたの?」


 とりあえず、薫の怒りの矛先をかえねば。ここはアルに犠牲になってもらおう。


「河原であってすぐわかったわ。お館さまに聞かれたら、言いたくなくても雪深の名前教えてしもた。最初は応援しよう思ったんやで。あきらかに雪深、アルに惹かれてたし」


 えっ、そうかな。イケメンには近づきたくなかったんだけど。


「お館さまも、勘十郎様にすぐ気づいたみたい。私の事はわかってないみたいやったけど。弟君の家臣なんてあの方の意識の端っこにもひっかかってないわ。しょうがないことやけど、すっごくむかつく!」


 だんだん、兄上に対する怒りが込み上げてきたのか、薫は握りこぶしを震わせながら熱弁をふるう。


「お館さま、転生してもチートすぎやろ。スペイン貴族の末裔で、若手有名建築家てなんなん。世界中からオファーがくるような人らしいで。ネットで調べた。あんなけ坊さん殺しまくった人が。仏罰がくだってないやん」


 一色さんと似たようなこと言ってる。信長様はただいまカトリック教徒だから、仏様も見逃したんじゃないだろうか。


 アルも火事で家族なくしたりいろいろ苦労してるんだよ、っていっても聞いてくれないだろうな。アルに対する愚痴が延々と続きそうだったので、素早くはなしをかえる。


「一色さんとはどういう関係? 薫がいなくなったってすごい勢いで私に電話してきたんだけど」


竜兄たつにいは、兄貴の小学校からの友達。うちにもよう遊びに来ててん。そんで、二人で夢の話するのが楽しくて」


「夢って前世の夢?」


「子供の頃から、前世の夢は見ててん。それがどんな意味を持つのかはわからへんかったけど。おもしろくて、家族に言っても興味もってくれへん。唯一聞いてくれたんは、竜兄だけやった。僕もおんなじような夢みんで、ってこっそり教えてくれた」


「一色さんも前世で武将だったってこと?」


「そうや。なあ、今からでも遅ないし竜兄にしとかへん? アルより絶対いいで。なんせうちの初恋の相手やし」


「そんなこと言われても、私アルしか……」


 自分で言ってて恥ずかしくなり、うつむいてごりょごりょいう。


「あー、もうそんな恋する乙女な顔せんといて。勘十郎様とお館さまが恋仲なんて悪夢でなくてなんやって話や」


「薫こそ、一色さんとそういう仲になればいいじゃない」


「あのなあ、初恋は敗れるもんや。それに竜兄は前世で叶えられんかった野望があんねん。その野望に雪深が必要やねん。うちではなんの役にも立たへん」


 そうかなあ。電話の声はすごく心配してたし、薫の事大事に思ってるのだだ洩れだったけど。そのくせ私と婚約しようとするし、やっぱり戦国武将って現代人の思考回路をぶっ壊していく人たちだよ。


 冬の星が、澄み渡る比叡山上空で輝く夜。漆黒に沈む河は、ゆったりと流れてゆく。

 冬の河原で、座り込んでいる人など皆無。二人は身を寄せ合い、寒さをしのぎ四五十年の時を埋めていた。


「蔵人は、勘十郎が死んでからどうしたの?」


「他の家臣は、お館さまがお抱えになられたけど、うちはそれが嫌で美濃の斎藤家を頼ったんや」


 斎藤家って斎藤道三のことかな。私の浅い歴史知識によれば。


「私たちって、前世の自分と血が繋がってると思う?」


「さあな、うちは偶然同じ津々木の名字やけど、家系図には蔵人の名前なかったわ」


「四五十年の時を流れて繋がってる。そう思ったら、今いる自分が良くも悪くも重く感じるね」


 重いは、思うに通じる。一滴の一人の思いが集まり、時という大河の流れの中を泳ぎきり、今現在の自分にたどり着く。この生は私ひとりのものじゃない。


「そしたらお館さまのお血筋は、スペインへ流れていったってわけ?」


「兄上は魔王だもん。それぐらいやりかねないよ。例えば、兄上の子どもをこっそり宣教師に託したとか」


「ありえるな。色小姓もいっぱいいたけど、やたらお子様も多かった」


 色小姓とは、男の愛妾でいいのかな。ここで薫の眉間にしわがよる。


「なあ、やっぱりアルなんかやめとき。前世はあの織田信長やで。隠し子とか恋人いっぱいいそうやん。てか、あれのどこがええん? 顔だけやろ」


 辛らつだなあ。そこらへん薫と蔵人似てるよね。


「それを聞かれると困るなあ。でも、なんかかわいいでしょ」


「はあ、どこがやねんな。あれをかわいいという雪深の感性がわからん。お館さまみたいに、突然切れられるかもしれへんで」


 む、むっ。そんなにボロクソに言うことないじゃない。前世は前世なんだから。アルは、やさしいのに。


「一色さんだって、なんで私と婚約するわけ。絶対薫の事好きだって」


「だから、竜兄とはそんなんやないって。前世からの腐れ縁っていうか……」


 寒空の下、前世で恋人同士だった女子二人は、現世での恋バナを咲かせたのだった。

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