第三話 おじいちゃん?

 格子戸が非情にもぴしゃんと閉められたとたん、おじいちゃんはアルの肩をがしっと両手でつかみ揺さぶりだした。


 アルより一五センチは背の低いおじいちゃんは、つま先立ちになり食って掛かる。


「伯父上、話がちゃいますで。前世の因縁を克服するために協力してくれ言わはりましたやろ。なんでそれやのに、雪深にプロポーズ? それにあんさんあっちの人ちゃいましたんか?」


 おじいちゃん、頭だいじょうぶ? 心配しすぎてネジがぶっ飛んだのだろうか。


「いや、だから勘十郎とのいざこざはもう終わったんだ。そうすると運命の二人は男女なわけで、ひかれあうのは当然の結果であろう信澄のぶずみ。それに、前世の性癖は現世で関係ない」


「騙された……なにが運命や。河原で雪深が外国人に会った言うた時、もうこれは天のお達しや思たから、わしは浄福寺で二人を引き合わせたんや。それまで、伯父上に因縁の父上の存在を教えるの気が引けてたんやけど」


 ここで、はっと何かとんでもないことに気づいたのか、おじいちゃんの顔はよりしわしわになる。


「まさか年末のお泊り、薫ちゃんやなくて、伯父上とやったんか。ゆるせん……わしの大事な孫でもあり、父上を手籠めにするとは!」


 ??? 頭の中にクエスチョンマークが百個は浮かんでいる。なんなんだ、この会話の内容は! 


 アルのことまだゲイって思ってたんだ。それに浄福寺のお使いって仕組まれたことだったのか。事務所貸したり、アルと私を二人っきりにしたのも思惑あってのこと。

 なんか手のひらの上で踊らされた気分だな。


 いやいや、そうじゃなくて!


 アルがおじいちゃんの伯父上? おじいちゃんは信澄? 誰だそれ。

 そして一番疑問なのは、孫であり父上って! 


「ちょっと、全然話がみえない。誰か説明して。それとおじいちゃん私手ごめになんかされてないから」


 私の言葉を聞いて。へなへなと崩れ落ちるおじいちゃん。


「そうか、よかった、よかった。伯父上とは何にもないんやな。てっきり手の早い伯父上のことやし、もうそうなってるんかと思ったわ」


 老人の安堵を蹴り倒すようで申し訳ないけど、今ここではっきりさせておかないと、後々ややこしい。


「えっとそうとは、言いきれないかも……お付き合いをしようかなーって感じです。いやそんなことより、伯父上ってなんなの。おじいちゃんにも前世の記憶があるってこと?」


 アルがこの混乱の中、しごく落ち着いた目をして私を見る。こういう修羅場に強いところは、兄上だなあと思う。ほんと。


「雪深、土田さんの前世は織田信澄。君の息子だ。そして信長の甥にあたる」


 夢の中で、勘十郎はもうすぐ生まれる子供と会えないことを嘆いていた。その子供っていうのが、おじいちゃんの前世ってことでオーケイですか? 


 ちょっとあまりのことに頭がついていかない。

 今にも泣きそうなおじいちゃんの顔はくっきりとした輪郭をもち、前世の面影を見る事はできない。


 勘十郎が死んだ後に生まれたから、息子の顔を知らないから、わからないの? なんだかちょっとせつない。


「おじいちゃんには、勘十郎の顔が見えてるの?」


「見えてへん。父上の顔をわしは知らんからなあ。わしが前世の記憶を思い出したんは、雪深が産まれてから徐々にや。それまでは何にも思い出さへんかった。前世で魂が近かったもんの傍におると記憶が揺さぶられるんやろうな」


「なんで私が勘十郎ってわかったの?」


「おまえが小さい頃や。めったに電話してこおへん貴美子から、電話があった。雪深がおかしなこと言うって。それでお姑さんに責められてるて」


 狐つきの娘の血は、父親の遺伝ではなく、母親の遺伝。そう責任をなすりつけられたんだろうお母さんは。


「那古野城で生まれて、清州城で殺された。母上から聞いていた父上の記憶とはまったんや」


「アル、おじいちゃんの顔はどう見えてる?」


「勘十郎にとてもよく似た華やかな容貌の若武者だ。信澄は二十五で、本能寺の変後に僕の息子に明智に加担したと誤解されて討たれたんだ」


 勘十郎、私の中で聞いてるかな。会いたかった息子に会えたよ。だいぶ年くってすっかり可愛げがなくなってるけど。よかったね。殺されていなくて。


「伯父上は、謀反人の息子を厚遇して城まで持たせてくれはったんや。わしは伯父上を恨みに思うどころか恩義を感じ、織田家のため身を粉にしてはげんだ。はげんだんやけども……それとこれとは、別でっせ。二人を会わせたんわ、いい仲にするためやない」


「信澄、あきらめろ。僕一人の問題ではない。雪深は僕のことを好きだと言ってくれたんだ。それをとめるは、無粋この上ない」


 何かっこつけてんの。


「雪深はかわいい息子より、伯父上の方が好きなんか。昔おじいちゃん大好き言うてくれたやろ」


 その論点ずれてるから……なんか、いやだいぶ、かなりうざくなってきたな。


「前世と現世をごっちゃにしないで! なんかすっごくややこしい!」


 私の好きになった人は、前世で私を殺した人。なおかつ血をわけた実の兄。

 おじいちゃんは、前世で私の死後うまれた息子。で、従兄弟に殺された。


 なんなんだ、この複雑な人間相関図。これから私、普通の人生おくれるんだろうか。アルの隣にいる限り、無理な気がする……。

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