第十一話 一色竜馬

 一色竜馬いっしきたつまは、三条にある不動産屋の前で雪深の後ろ姿を見ていた。

 さきほどスマホがなり、一色に断りつつ出た雪深は背中をむけて話している。


 にわかにその後ろ姿は、びくりとふるえ耳まで真っ赤になったが、その赤みはすぐに消え、しばらくして電話を切った。


「申し訳ありません。急用で。あの、この間内覧した部屋にイヤリング落としたみたいで」


 振り向いた頬の丸みもかわいらしい顔は逆光でかげっていた。影をおびた顔はニコリと笑って言った。

 

 一色は不動産屋の車を借り雪深と二人、この間の賃貸マンションへと急いだ。

 まだ荷物も何も入っていない空き部屋へ、雪深とともに入っていく。


「ごめんなさい。私キッチンを探すので、奥の部屋見てもらえますか? ブルーのイヤリングです」


 そう言われ一色は奥の部屋に入る。しかし探すそぶりも見せず、雪深が出口に立ちふさがった。


「わざわざ誘い出してくれはるなんて、光栄やなあ。二人っきりになりたかったんですか、雪深さん」


 いつもの柔和な垂れ目は酷薄に見開かれ、雪深をにらんでいる。にらむ視線の先の大きな目は、青みをおびていた。


「勘違いすんな。これから頭のおかしい話すんだよ。ここならだれにも聞かれない」


「ひとり聞いてるもんがいるでしょうが」


 そういい、雪深のコートのポケットを見る。雪深はポケットから通話中のスマホを取り出した。


「おまえが雪深におかしなことしても、すぐ外にいる兄上が助けにくるからな」


「俺は、その外で待機してる人ともしゃべりたいなあ」


 四百五十年前の宿敵。忌々しいことに現世でも邪魔をしてくるというのか。言葉とは裏腹に、一色はギリリと奥歯をかみしめた。


「おまえのために、外で待機させてんだよ。すっげえ怒ってるからな。ここにいたら何するかわかんねえぞ」


「なるほど、前世で裏切りを繰り広げた兄弟が現世では手を組んでるんか。それにしても、勘十郎さんあんた珍しいな。前世の人格がそのまま出てくるなんて」


 前世の名を言われ、勘十郎の顔に緊張が走る。


「おまえ、何もんだ」


 勘十郎の言葉を心底残念に思い、ため息をついた。


「忘れてんのかいな。あんなにラブレター出したのに。いっしょに上総介かずさのすけ(信長)を討とうて約束したやん」


斎藤義龍さいとうよしたつか……」


 ようやく前世の名を呼ばれ、「御名答」と一色はおどけて言う。弟しか知らぬ影の支援者の名に、スマホの向こうの人物が息をのむ気配がする。


「なんでおまえは俺がわかる。会ったことなかっただろ」


「手を組む相手の顔見て、人格を判断したいですやろ。こっそり尾張までお顔を拝見しにいったんです」


 そう言う一色の目に、勘十郎の面影はダブって見えていなかった。

 一色にいちゃつく二人の画像を流した人物が、雪深が勘十郎であると教えてくれたのだ。


 前世でも現世でも、今目の前に立つ人物を取り込むメリットは絶大だった。

 前世では父を倒した後、尾張を手に入れたかった義龍は、織田家の内紛を誘発すべく信長の弟勘十郎に接近した。


 そのおかげで勘十郎は謀反を二回も企ててくれ、織田家は内から瓦解しかけた。後一歩で、信長を葬り去ることができたのに。


「親殺しの義龍か……皮肉なもんだな」


「何が言いたい」


 織田の兄弟に追い込まれてもなお、鷹揚な態度を崩さなかった一色の顔色が一瞬くもる。


「おまえ、母親の連れ子なんだな。利夫と血がつながってる弟がこんど秘書になるんだろ。そうするとおまえは親父の地盤を継げなくなるかもしれない。そんで、弾正拓人の妹を手に入れて弾正家の娘婿って地位を手に入れようって計算だったのか」


「興信所でもやとったか」

 一色は、勘十郎である雪深の顔をにらむ。


「兄上が利夫のお友達なんでね。今日のお茶会で聞いてきたんだよ。それとなくな。でも聞き出したのは、おまえが実子じゃないこと。弟が今度秘書になるってことだけだ。その情報をもとに、俺と兄上がおまえの目的を導き出したってわけ」


「どこまでも目障りな奴やな。前世でも妙に親父に気に入られてて。ほんま二人はできてんのとちゃうかと思ったぐらいや」


 勘十郎がもつスマホから、獣じみたうなり声が聞こえた。


「信長様は、じじいには興味ないってよ」


「義龍がいた間は、信長は美濃に手を出せへんかった。つまり義龍が信長より長生きしてたら、天下をとったのは誰かわからんかったと思わへん?」


「おまえ若死にしたのか」


 一色をにらんでいた勘十郎の顔に、一瞬哀惜の色が走る。


「誰かさんみたいな家臣に裏切られたみじめな討ち死にやない。病死で三十五や」


「俺は二十二だったけどな」


 前世と同様弟を取り込まれては、同じ轍を踏むと思ったのか、スマホの向こうで旧敵が再びうなる。


「わかったわかった。別にこいつに同情してるわけじゃない。さっさと取引といこうぜ。雪深をはめたこと、親父に密告されたくなかったら、あの画像を消せ」


「勘十郎さんはええの? 自分を殺した相手が現世の自分といちゃついてても。ただの友人なわけないやん。ホテルでなにしてたんやろうなあ。やけるわ」


 一色は一歩小柄な雪深の体にむかって足を踏み出す。だが、その距離は縮まらない。


「勘違いしてもらったら困るわ。俺雪深さんのことほんまに好きや。もちろん弾正家は魅力的やけど。彼女あの画像見せたら、すごくふるえてたんや。男の庇護欲をくすぐるかわいさや。自分のこと棚にあげてるかつての魔王より俺にしとかへん?」


「それぐらいにしとけ。魔王に半殺しにされるぞ」


「おおこわ」

 と言いながら肩をすくめる。


「今は雪深の人生だ。俺のじゃない。兄上を選ぶなら、受け入れるしかねえんだよ」


 一色は赤いスマホを胸ポケットから出し、雪深にわたす。


「本当にこれだけか? これとった後援者のは?」


「疑り深いなあ。大丈夫ちゃんと画像は消させた」


 画像を消されたスマホが投げ返される。


「さいなら、雪深さんまた会いましょう」


 そう言って一色は勘十郎の横を通り過ぎ、不敵な笑みを浮かべその部屋から出て行った。

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