第十話 前世の記憶 四
私、アルのマンションに来てたはずなのに……。
遠くで誰かの話声がする。アルの声に似ているような。もう一人は、私の声みたい。
フフッと笑いがもれる。私はこの暗くて、温くて気持ちのいいところにいるのに。
誰が私のかわりにしゃべってるんだろう。
二人の話声を子守唄がわりにして、目を閉じた。
また、前世の夢を見る。
*
勘十郎は自身の居城である末森城にいた。脇息に寄りかかり物思いにふけっている。その額に汗が浮く。
今年の春の事であった。兄信長の舅、斎藤道三が実子である
道三は圧倒的な兵力をほこる息子、義龍に攻め滅ぼされた。己の才覚だけでのし上がってきた巨星は、六十二であっけなくこの地へおちたのである。
血族内での殺し合いなぞ珍しくないこの戦乱の世にあって、まれな親殺し。それほど、義龍の父への恨みは根深いものだった。
道三は義龍を己の子ではないのではないかと、疑っていた。その不振は年々増していき、とうとう国主の座を譲っていた義龍を引きずり下ろし、次男をその座につけようと画策したのであった。
親子の対決は避けられない流れとなり、この尾張も巻き込む事態にまで発展した。
兄は同盟を結んでいる道三に援軍を出すが、間に合わなかった。それどころか義龍に迎えうたれ、家臣を多数うしない、自らも
こうして、濃姫との政略結婚で成立した美濃尾張の同盟関係はくずれた。父を倒し美濃を手に入れた義龍が、この尾張に襲い掛かるのも時間の問題である。
遠くから、足音が近づいてくる。急いでいるのだろう。誰のものか勘十郎にはわかる。いつもより乱れた足音。
暗い室内にいる勘十郎は、夏の目もくらむ陽光に包まれた庭をみやる。人影がそこを横切り中へにじりより、耳打ちをした。
「勘十郎さま、あのお方から密書が届いております」
蔵人が差し出す書状を受けとった勘十郎は、それを勢い良く広げる。料紙から爽やかな墨の香りが立ちのぼった。
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