第二話 邂逅
雪深を抱きしめていたアルの腹に一発、強烈な拳が撃ち込まれた。たまらず腕の力を弱めた。その隙に、胸を強くおされよろめくアルの顔を、雪深は不敵な笑みをたたえ睨んでいた。
おどおどと人の顔色をうかがう、自信無げないつもの雪深ではない。神仏にさえ
大きな二重の雪深の目は今、青みをおびている。白目は青みが強く瞳はグレーに近い
その目に殺意をやどしていた。
「ここは、地獄ではないぞ兄上」
「
乱世を生き、共に戦に明け暮れた兄と弟は時をこえ、令和の世に再会をはたした。
「俺たしか言ったよな。
「それゆえ、おまえに出会うまで四百五十年かかった」
「プロポーズで油断させて、また俺を殺すつもりだったのか?」
雪深の片眉があがり、皮肉な笑みが浮かぶが、目から殺意の色は消えない。
「違う! もう乱世ではない。現世ではおまえを幸せにしたい。こうして男と女に生まれ変わったのだ。これは神仏のお導きだ。結婚しよう」
雪深の顔をした勘十郎は目をむき、腹をかかえ大笑いする。アルはそのかなしい顔を、すべての感情を押し殺し無表情に見ていた。
「キモイわ。兄上と結婚とかマジありえねえ」
「雪深さんは東京の家族とうまくいってないようだし、大学卒業後のビジョンも明確ではない。僕と結婚すれば何不自由ない暮らしができる」
「金さえあれば、幸せってか。こいつ(雪深)の親父は元大臣だぞ。金には困ってねえし」
弾正家は、代々愛知を地盤とする地方の政治家一族だった。雪深の父が中央政界へ進出し大臣を歴任するまで上り詰めたが、首相の椅子まで、届かなかった。
そう、雪深の祖父からアルは聞いていた。
「僕にも資産はある、父は貴族の血を引き本国には領地もある」
「おいおい、現世でもご領主様ってどこまでチートなんだ。でも、なんで建築家なんて地味な事してんだ。世界征服でも目指しちゃえよ」
乱世を静めるため、天下布武をかかげた前世の兄を茶化して言う。
「選択肢が数多あるこの世の中で、なぜわざわざ覇道を行く必要がある。前世では、願うことすら許されなかった平穏な暮らしがしたい。おまえと共に、だから結婚しよう」
「はっ! そんなの兄上の自己満だろ。俺たちに偽善を押し付けるな」
弟の辛辣な言葉に、思わず拳を強く握りしめる。
「では、どうすればいい? おまえにむくいるには」
「目の前から消えてくれ。そしたら、俺も大人しく眠ってられる。本当は出てくるつもりなかったのに、兄上が目の前をうろつくから、ついつい出張ってきたんだよ」
「指輪をはめた時、僕を睨んだのはおまえだったか」
「あれ傑作だったな。兄上の女を落とすテク。全然雪深に通じてねえし。むしろ逆効果。こいつは目立つのが何より嫌いなんだ」
そう言って、ボブの髪をかきあげる雪深の姿は、妖艶な美女の様を呈している。
雪深の母は評判の美人であった。その娘である雪深もその血を受け継いでいるが、内向的な性格と自信のなさからその容姿は本来の輝きを放っていない。
それが、アルには口惜しかった。
「じいさんのゲイ疑惑や市香の店の事とかぜーんぶ計算ずくだろ。城を落とすにはまず外堀から攻める。さすが魔王。やることがえぐい」
「心外だ。すべて雪深さんに近づくため。土田さんに見られたのは偶然だったが、そのまま誤解はとかなかった」
「雪深は、絶対兄上にはなびかないぞ。本能的にアルフォンソはやばい奴ってわかってるからな。前世でも現世でも兄上に振り回されるのは勘弁ってこった」
アルは初めて感情を顔に表し、眉間に深いしわを刻む。
「それでは、何のために生まれ変わって来たかわからない」
兄の憂える顔を見て、弟は肩をあげ深く息をはき出した。
「あのなあ、せっかく平和な世に転生したんだ。昔の事なんか忘れて楽しめよ」
弟のいくぶんゆるんだ顔を見つめ言った。
「僕が前世の記憶を思い出したのは、十三の火事の晩だ。炎に包まれ両親が倒れているのを見て、嫌というほど思い知らされた。生まれ変わっても愛するものを守れなかったと」
「そんなに俺を殺したこと後悔してたのか」
弟の問いには答えず、アルの視線は宙を漂う。
「あの日、僕は寝る前、悪い予感がした。だから、父と母にいっしょに寝てくれと頼んだ。でも、もう十三なのだからと笑われて、結局両親は一階の寝室で寝て、煙にまかれて死んでしまった。二階で寝た僕は助かったんだ。もっと強く願えば僕の事を聞いてくれたに違いない。そうすれば、二人は死なずにすんだのに」
アルはおもむろに雪深の手をとる。その手は振り払われなかった。
「今度こそ、手を離さない。戦のないこの世で、命をかけておまえを守る」
「そんなに大事なら、額縁に入れて飾っとけ。切手の中の鳥みたいにな」
勘十郎はそういうとアルの手を振りほどき、背をむける。
「ちっ、勝手にしろ。でも、兄上はりっぱなストーカー認定されてるからな。せいぜいウザがられんなよ」
その言葉を聞き、アルは小首をかしげた。
「勘十郎一つ気になることが。どうしたんだその下品な物言いは。和歌を詠み、風流をこよなく愛する織田の貴公子であったおまえが」
「ほっとけ。四百五十年もたったら人もアプデされんだよ。相変わらずくっそまじめで面白みのない人間なのは変わんねえな。兄上」
耳に届く弟の口汚い言葉を胸に、寺町御池の街中から見える四角い空を見あげる。晩秋の空の青さは目に染み、霞がかかったようににじんでいった。
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