第三話 詰んだ……

「あの、兄に何か関係あるお話しでしょうか?」


 私と一色さんの共通項といえば、兄しかない。


「まあ、そんなとこです」


 はっきり言わない一色さんに連れられ、大学の傍のカフェについた。そこは町家を改装したカフェで、以前薫ときたことがあった。


「ここ、最近人気のカフェなんでしょ。知り合いに聞いたんです」


 そう言って私を中へ促す。店内は少し薄暗く、靴をぬいで座敷にあがった。

 壁に設えられた棚には本がずらりと並んでいて、お茶をしながら本が読めるのだ。


 席は半分以上埋まっていた。すべて女性客。男性は、店員さんと一色さんだけだった。

 メニューを私に見せて一色さんは言った。


「おすすめは、猫の形したパフェやて。どうです?」


 見るからに緊張している私をなごませようと、この店一番人気のメニューを進めてくれた。でもそれは、薫ともう食べていた。


 季節の果物の上にのったアイスに猫の顔と耳がチョコでかかれた、とっても映えるパフェ。


 味もとてもおいしく、薫とまた食べにこようねと言ったのだけど、今日はたぶん味わう余裕がない。無難なホットコーヒーを注文した。


 深い淹れたてのコーヒーの香りがテーブルに届けられ、ようやく一色さんは本題に入った。


「昨日、親父の事務所に弾正さんの後援会の人が来られたんです。その方京都にお住まいなんで、うちの親父とも懇意にしていただいてるんですけど。その方がこんな写メをとったて」


 そう言って、赤いスマホの画面を私に見せた。

 その画像をみた瞬間、心臓が胃の腑のあたりまで降下し、一気に喉元までせりあがってきた。


 そこには、アルと私が腕を組み歩いている姿がうつっていた。一枚だけではない。一色さんは画面をスライドする。


 仲良さそうに顔を寄せ合う姿、大きな荷物を持ち、ホテルへ入っていく姿。

 どれも、ピントがずれておらずはっきり私だとわかる。


 すごい、写真の中の私たちは完全にパリピだった。派手なかっこをした外国人モデルとお金持ってそうなお嬢さんが浮かれた様子でホテルへ消えていく。


 もうホテルでやることは一つって画面からもビシビシ伝わって来る。

 すごい、私完全に陽キャに擬態してるよ。


 何食わぬ顔で、コーヒーを一口すする。店内は熱くもないのに、手のひらにびっしりと汗がういてきた。気持ち悪いので、コーデュロイのパンツにぎゅうぎゅう押し付ける。


「これとった人、雪深さんのこと後援会のパーティーでお見かけして顔を覚えてたて」


 どこのどなたか存じませんが、よくこんな特徴のない私の顔を覚えてくださったんですね。青ざめふるえる唇が、少しあがった。


「親父がその方には口止めしたんですが、こういうことはどこで広まるからわからへんから、雪深さんに忠告するよう俺をよこしたんです」


 黙っている私の顔を覗き込むようにして、聞いてくる。


「あのお、この方とはどんなお付き合いを? 別に雪深さんの交友関係に口出すつもりはないんですけど、この外国人かなり派手な方に見えるし」


 手のひらの汗はおさまり、私はぎゅっと膝小僧を握り締めた。痛いほど……。

 大したことじゃない。本当のことを言えばいいだけ。アルと私の間には何にもないんだから。こういう場合は誠意が肝心。


 私は、政治家の娘だ。父の国会演説もテレビで見たことがある。真っすぐ前を向いて、自分の信じる真実をふりかざし、相手をねじ伏せればいい。


「この人、祖父の家に間借りして事務所を構えてる建築家です。真面目な方で普段はもっと地味で、この日はたまたまイタリアの友人に会ってただけで。私も祖父の家に住んでるから、自然と仲良くなるというか、国際感覚と英語の習得に役立つと思って。この日はそのイタリアの友人がホテルでパーティーするっていうので私も招待されたんです」


 国際感覚の取得のためのおつきあいには見えない、二人の親密度。私の堂々たる演説に人のいい一色さんが騙されることを、切に願ったけど……。

 慣れないことはするもんじゃない。


「祖父の家って雪深さん一人暮らしとちゃうんですか? 弾正さんのおじいさん京都にいはるんですか」


 ……しまった。私自身、自分の設定を見誤っていた。こりゃ詰んだな。


「母方の祖父です。でも、あまり公にしてないので内密にお願いします」


 声が痛々しいほど、震えている。女の武器、涙でも流せば一色さんは同情してくれるのだろうけど、そんなもの絞り出しても出てこなかった。


「詮索するつもりはないけど、公にしてないんやったら、その家に住んでるのまずいんちゃいますか?」


 大学に合格し、おじいちゃんと住みだした頃は、まだお兄ちゃんはそこまで注目されていなかった。それが最近のマスコミの過熱ぶり……。


 たしかに、もうあの家に住み続けるのは難しいのかもしれない。


「差し出がましいけど、俺でよかったら相談にのりますよ」


 そう言って、一色さんは名刺をくれた。やさし気なたれ目をほんの少し見開きながら。

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