第十七話 勘十郎じゃねえ

 ホテルを出て、八条口へ続く混雑の激しい南北自由通路を、人をかき分け彼と歩く。人ごみに慣れてない私は何回も人にぶつかる。


 みかねた彼から腕を差し出され、その腕につかまった。


 八条口の黄色いロゴのファーストフード店でハンバーガーとポテトを買って、そのまま伊勢丹へ。


 また人ごみの南北自由通路をとおってJR西口改札をすぎ、伊勢丹のガラス扉から入店。もちろん扉を開けてくれたのは彼。


 今日はなんだか、至れり尽くせりお姫様気分だ。


 お泊りに必要なものを、それぞれ別れて購入。赤と緑のクリスマスカラーに彩られた地下二階で彼が少し遅れて合流した。


 お酒に合いそうな、カマンベールチーズやサーモンのカルパッチョ。フルーツの盛り合わせなどなど。それに前から食べたかった、551のシュウマイ。


 地下一階へ移動して、デザートを物色。仙太郎のあんこがはみでた最中もなかと、ゴディバのクリスマス限定チョコ。


 もう無茶苦茶なラインナップ。食べたいものを食べたいだけ買った。

 すべて彼がお金を出してくれた。


 それもみんな私が払うといったら、いい加減にしてくれと怒られた。でも、さそったの私だし。


 大きな荷物を持って、腕をくみ再びホテルへ。荷物が増えたからか、気持ちが浮ついてるからか、はたまた足が痛いのかもうわからないけど、クリスマスに浮かれた京都駅がおかしくてたまらない。


 雑踏の中、不気味な笑いをもらす私に彼の顔が近づいてくる。耳元へ落ちる渋い声。


「なんか、楽しい」


 いけないことの共犯者もそう言って笑った。

 部屋につくと、備え付けの小さなキッチンで買った紙皿に料理をもってくれた。


 テーブルの上には紙皿だけど美しく盛られたお料理。

 クラッカーの上にチーズとフルーツがのっている。こういうのをえるというのか。別の紙皿には、サラダとともに551のシュウマイが。すごい高級感。


 でもそれら美しい料理よりも存在感があるのは、でんと紙袋のままおかれたハンバーガーとポテト。


 シャンパンは、氷の入ったクーラーの中でキンキンに冷やされ準備万態。彼が栓を開けた。その華やかな音とともに、このごった煮のパーティーも始まる。


「美しい京都タワーに乾杯」


「きざなセリフに乾杯」


 ソファーに座る二人のグラスは合わされ、澄んだ高音が響く。ガラスの向こうには、孤高の京都タワー。

 最高のロケーション。何も言うことはない。


 始めて飲むシャンパンは、とっても口当たりがよくておいしい。そして目の前にはイケメンが。

 ホストにはまる人の気持ちが少しだけ理解できる、ちょっと大人な非日常の空間。


 まず小学生以来食べていない、ハンバーガーにかぶりつく。ケチャップが口についたら、すかさず紙ナプキンでふいてくれた。

 やっぱりホストだよこの人。


 次はポテト。そして、シャンパンをぐびり。


「このシャンパン、ポテトにすっごく合う」


「ここのソムリエに怒られるよ」


「いいもん、これ女子会だし。言いたい事いうの」


 チーズののったクラッカーを一口で食べる。そしてまたシャンパン。まじ合うな。


「僕、女子なわけ? ゲイじゃないって言ったけど」


「だって女子力すっごく高いし。信長様も高かったの?」


 今度はシューマイ。お店の前を通るたびおいしい匂いにつられるけど、その長蛇の列に臆して食べそこねていた。で、シャンパン。うわっ、うっま。


「そういえば、天女の扮装で女踊りを踊ったことが」


 脳裏に、戦装束に扇を持ち、踊る若武者の映像がフラッシュバックされる。


「戦の前にもよく踊ってたよね」


「えっ?」


 なんで驚いてんの? 私何でも知ってるんだよ。お酒の力か、気分はもう戦国大名。

 思考は停止。頭は鈍くなるけど、口はどんどん軽くなっていく。


「女子会と言えば、恋バナじゃん。なんかアル、恋バナしてよ」


「目が青くないから、勘十郎じゃないよね?」


 私の目をのぞきこむ彼の眉間にしわがよる。いいねえ、いぶかしむイケメン。

 でも、何イミフなこと言ってんの?


「何、目が青いって。わけわかんない。だから言ってんじゃん。勘十郎じゃねえって」


 なんか、私ガラ悪くない? まっ、いいや。今日は悪い子なんだし。


「なるほど、どうりで市香さんと土田さんがお酒とめたわけだ。雪深が酒癖悪いなんて。勘十郎は酒乱じゃなかったのに……」


「何ごちゃごちゃ言ってる。早く恋バナ!」


 グラスに向かって何やらブツブツ愚痴っているアルをガン無視して、手酌で入れたシャンパンを一気に飲み干し私は言った。



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