第十八話 恋バナ
「まじで、やばくない? その家庭教師」
「まあ僕も、思春期前の十二歳だったんで」
「いやでもそれ、犯罪すれすれ」
「あれ以来、彼女に会ってないなあ」
そう言って、遠い目をするアル。何言ってんだこいつ。
シャンパンはすっかり空になり、仙太郎の
初恋なのに、しょっぱなからこんなレベルの高い恋しやがって!
さすが、ラテン民族。前世が戦国武将であろうが、やけどしそうな情熱は変わんないのか。
ちょうど最中を食べ終わった私は、手をぱんぱんとはたき千鳥足でベッドへ。うつぶせに倒れこむ。あーさすが高級マットレス、雲の上で寝ているみたに快適だ。このまま寝ちゃいそう。起きたら雲の上の天国だったりして。
そんな私に容赦のない声が。
「はい次、雪深の番。僕に恋バナさせて、自分はしないつもり?」
ゴロンと、寝がえり天井を見上げる。
「残念、なんと私は恋したことがない」
からりとした声が、室内にこだまする。
「いやいや、そんなの信じないから」
むっむ……二十一で恋愛経験ない子なんて、今の世の中いっぱいいると思うけど、情熱のラテン民族には、信じられないのだろう。この一億総草食の日本の現状が。
どうも逃げられないなこりゃ。しょうがない。私の黒歴史でも披露しましょうか。
「じゃあ、ドン引くような死にかけた初恋のはなしを」
むくりと起き上がり、ベッドの端に腰かける。ソファーに座るアルは、足を組みひじ掛けに体をあずけ、ほおづえをついていた。
ちくしょーなんて絵になる男だ。でも、酔いがかなりまわっているのか、彼のその姿は二重にぶれて見える。まっ、酔ってないとこんな話できないな。
私は、大きく息を吐きだし話し始めたのだった。
*
忘れもしない、中学一年生。幼稚園から大学までの名門一貫校へ通ってた。お兄ちゃんはその時高三で、学校中に名が知れた有名人。
私に付きまとう代名詞は、あの弾正拓人の妹。こっそり言われていたのが、いいとこみんなお兄さんに持っていかれた残念な妹。
そんなこと幼稚園の頃から言われ慣れていたから、全然平気だった。目立たず大人しくしてれば、残念な妹なんてすぐ忘れられる。
中学でも目立たないつもりだったのに、うっかり吹奏楽部に入部しちゃった。今思えばなんで入ったんだろう。そんな花形クラブ。
楽器は学内オーディションの結果、これまた花形のフルートに決まって、そこで出会っちゃったんだなあ。先輩に。
中三の
私もがんばって練習したわけ。それでうまく吹けたら、私の頭をくしゃくしゃってして喜んでくれる。一発で好きになっちゃった。
で、秋の人肌恋しい季節になって先輩に告白した。部室で。そしたら、先輩なんて言ったと思う?
勘違いさせてごめんね。うち会社経営してるんだ。だから将来政治家の人たちと人脈つくっといた方がいいかと思って。君を大事にしたら拓人さんに気にいられるかなって。
ほんと、とんだ勘違いだよ。弾正拓人の残念な妹なんて、恋愛対象外に決まってるのに。
先輩もすごいよね、今からコネづくりに余念がないなんて、ほんとに中三かよ。さすが、隙のないイケメン。
悪いことに、部室で告白したもんだから、聞かれてた。みんな陰で思ってたんだろうね。あこがれの先輩を独り占めしてるイタイ一年生って。
次の日登校したら、私がふられたの校内中にひろまってて、もうそれから学校にいけなくなった。
お母さんには、学校にいかなくてもいいから毎日制服着て家を出て行きなさい、って言われた。別宅のマンションで一日潰しなさいって。けしてお父さんとお兄ちゃんに、不登校なんて知られちゃダメだって。
お兄ちゃんは受験生でピリピリしてるんだから心配かけられない。お父さんも大臣のお仕事が大変。私一人こっそり隠れてたらすべては問題なし。
重い足引きずって倒れこむように毎日マンションに通ったなあ。そんなんだと何にもする気がおきないんだよね。一日することが無くて、ボーっとしてる。
そこのマンション防音が完璧で、まったく音がしない。まるで棺桶に入ってるみたいだった。
でね、そうなると家にも帰りたくなくなるわけ。ある日家に帰んないで一晩中そのマンションにいた。眠れない夜があけたら、窓の外には最高にきれいな朝焼け。
夜の底から段々と朱鷺色の朝があがってきて、夜の青と混ざり合う。その朝と夜のはざまに白い大きな鳥がすっごく気持ちよさそうに飛んでって、空にとけた。
あー、私も飛んでいきたいなあって。そう思ったらふらふらとベランダに出て、手すりに腰かけた。空に背を向けて。で、そのまま仰向けに倒れていった。
こんなふうに……。
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