第十六話 京都タワー
ドアを開けまだ暖房がきいてない部屋へ入ると、目の前には時がとまった闇の中、白く輝く京都タワー。白いコート姿の私とガラスの中で重なる。
「わー、京都タワー独り占め」
眺望をたっぷりとった大きな一枚ガラスに額をつけて、夜景に見入る。ひんやりとしたガラスの冷たさが、熱くなった頭の芯を冷やしていく。
高いビルのない平坦な夜景に、一本にょっきり突き出た巨大なろうそく。きれいだけど、寂しいね。一人で立ってるみたいで。あっそうか、一人じゃないんだ。
鏡張りの京都駅ビルに、夕刻のその姿が反射していたことを思い出す。今私が見ているガラスにもう一つのろうそくが写っていることだろう。
無言でここまでついてきた彼を振り返る。広いスイートルームの室内は橙色。その中を二人だけが立っていた。
イタリアンカラーの上に、黒いコートを着て私の正面に立っている彼。
まさかここまで来て帰るつもり? 何かいってほしい。怒るなりあきれるなり何か……。
「今日、あの設計をオーダーしたイタリアの友人が、家族をつれて日本へ遊びに来てる。朝から京都を案内して、宿泊先のここでわかれたんだ。その友人は、イタリア伊達男を絵にかいたようなやつで、僕にいうんだ。地味な格好はやめてくれって」
「だからそんな格好してるんだ」
脳内で、ちょい悪なイタリア人が私にウィンクした。
「派手な格好は嫌いじゃない。嫌いじゃないけど前世を思い出す」
信長様は、派手な着物を着てうつけと呼ばれていた。
「だから、こんな服を着てる今日の僕はいつもの僕とは違うと思って。本当だったら今すぐ雪深さんを……」
彼の言葉を遮る。
「もう、雪深でいいよ」
「雪深を連れて帰る。僕にはいなくても、君には心配する人がいるから」
どこまでも、好青年だね。信長様も本当はこんな人だったのかな。だとしたら勘十郎はとってもいいお兄さんを持ってたんだ。羨ましい……。
ポケットの中の封筒を出してテーブルにぽんと置いた。
「これ、今日お兄ちゃんがくれたの。お母さんと自分からって言って。あの人たちいっつもそうなんだよね。愛情はお金だって信じてる。だから、そのお金をドブに捨てるようなことがしたかった。付き合わせてごめんなさい」
彼は薄く笑ってうつむき、首をふる。
「おじいちゃんには、薫のとこに泊まるっていうから。薫にも後で電話する」
顔をあげ、その端正な顔が子供っぽく笑う。
「お腹すかない? 何か食べにいこうか、それともルームサービスという手もあるけど」
「うーん、なんかお行儀いいね。こうもっと悪い感じで……」
自分で言ってて、その悪さがイメージできない。今までお母さんに言われるまましてきたから。
「じゃあ、スイートルームでジャンクフードとか」
「それいい、この雰囲気台無しで」
彼は早速、スマホでファーストフード店を検索した。このホテルとは反対側の八条口にあった。
「お酒はどうする? 本当は飲みたいんだよね」
「うん。こないだ飲みそこねちゃったから飲みたい」
「お酒は、ルームサービスにしよう。後は適当にデパ地下で」
足の具合を彼は確認したが、私は大丈夫と答えた。食料を調達する前に、薫に電話した。三回コールした薫の電話からざわざわとした喧騒が聞こえてくる。
「ごめん、今外にいるの?」
「あー、ちょっと買い物に。どうしたん?」
「あのー、えっと……今日お泊りするから薫の名前貸してもらってもいい?」
誰とだって聞かれたらどう答えよう、と思っていたら薫はあっさりと了承して、さっさと電話を切ってしまった。
なんか、拍子抜け。ひょっとして今どきの女子大学生ってみんなこんなことしてるんだろうか?
家にも電話した。薫の名前を出したら何も言わずにおじいちゃんはOKしてくれた。今日お兄ちゃんに会ったから、おじいちゃんなりに気を使ってるのかもしれない。
こうして私のいけないこと、外泊はあっさりと実現したのだった。うまくいきすぎてなんだか怖いな。
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