第九話 前世を見分けるコツ

「ゆきちゃん! よかったもどってきた」


 そう言って、頬に涙の跡がある光流くんが私の足元に抱きついてくる。

 最近意識がどこかに飛んでしまう事がある。決まって彼といる時だ。


 意識をなくすなんて、普通ではない。見たくもない自分の中にある苦しさを誰かに肩代わりさせている。そんな後ろめたい気持ちが胸をよぎる。


「あっちの未来くん広場へ場所かえましょうか。光流くんも飽きたみたいだし」


 少し困ったような顔をして彼は言った。困らせたのは私だろうか? 


 未来くん広場には、大型の遊具があり、小さな子供たちがチューブ型の滑り台がついたアスレチックにむらがっていた。


 なぜ泣いていたのか聞く前に、光流くんは駆け出し、私と彼は近くのベンチに座った。


 光流くんは、同じ年ごろのお友達と仲良くなったようで、ロープの綱渡りで楽しそうに遊んでいる。さすが、市香ちゃんのお子様。コミュ力が高い。


「光流くんって、やっぱり明智光秀なんですか?」


 二人並んでベンチに座っている気まずさから、突拍子もない質問が口から飛び出す。


「僕にはわかりません」


 困ったように言う彼。沈黙にかぶせるようにさらに質問をした。


「前世を見分けるコツとかあるんですか?」


「僕の経験上でいえば、あります。まず、前世で顔を合わせていること。そして、お互いが覚醒していること。この条件がそろえば、今の姿に前世の姿が重なって見えるんです。去年、仕事が忙しく、アシスタントを募集したら昔の家臣がやってきた。顔を合わせた瞬間、彼は帰っていきました」


「なんでですか? 殿様にあえてうれしくなかったのかな」


「彼は僕を裏切って、自刃してるんで」


 なるほど、また腹を切らされるかもしれないもんね。って今の世の中ではないか。


「じゃあ、光流くんはまだ覚醒してないってことですか」


「彼が光秀であれば、そうですね」


 もし、本当に光流くんが光秀だったら、前世なんて思い出して幸せなんだろうか?


「でも、私何にも思い出してないのに、なんで勘十郎って人だとわかったんですか」


「あなたは特別です」


 そう答えになってない返答をする、哀愁をおびた笑顔から顔をそむけた。


 私は決して彼が信長様だと信じているわけじゃない。わけじゃないけど、前世という響きにロマンを感じているだけだと思う。


 数百年の時を超えて、再び巡り合うその時まで。相手を思い続ける。そんな果てのないことを成し遂げたと信じる人が目の前にいる。


 その相手が真実そうであるかは関係ない。そう思えるだけで奇跡じゃないだろうか。


「ゆきちゃーん。アルー」


 光流くんがアスレチックの一番高いところから私たちを呼び、満面の笑顔でちぎれそうなほど右手をふっている。反射的に手を振り返したら、全身で喜びを表すように今度は両手をふって私たちに答えてくれる。


「手を離したら、危ないよ」


 彼が心配して大きな声で言った。光流くんも「はーい」と返事をして手をふるのをやめたのだった。


 すると、となりで遊んでいた男の子が光流くんに何か話しかけている。


 何をしゃべっているのか離れているのでわからないが、光流くんは大きくうなずくと、アスレチックをすごい速さで降りていく。なんなく地上につくとこちらに走って来て、私たちへダイブした。


 私と彼も両手を広げ、光流くんを受け止める。


「友達になった子がな、アルのこと見ておまえのパパ超かっこいいなって」


 彼の膝の上で、得意げに言う。光流くん。アルはライバルじゃなかったのかな? 


「やから、今から植物園の門を出るまで、アルはパパでゆきちゃんはママな」


 その設定かなり無理が、あるような。 


「じゃあもうちょっと遊んでくるな。パパ」


 照れくさそうに光流くんは言って、パパの膝から飛び降り再びアスレチックへ遊びにいった。


 光秀が、信長様にデレたよ。


 かわいらしさの破壊力が半端ない。

 しかし、彼は絶対戸惑っているだろ。光秀かもしれない子にパパ呼ばわりされて。ここは、光流くんの無茶ぶりをあやまらなければ。


 恐る恐る、隣を伺うと、顔のパーツが緩みまくったパパは光流くんをデレた目をして追っている。

 愛くるしさの圧倒的勝利だった。


「パパはいっしょに遊ばないといけませんね」


 そう言って、彼は立ち上がり光流くんを追いかけアスレチックへと参戦した。光流くんの黄色い声がこちらにまで聞こえてくる。


 周りの子どもたちも彼に群がって来た。子供たちに囲まれ、みんなでじゃんけんをしている。この未来くん広場で鬼ごっこを始めたのだった。


 それから、一時間ほどたっぷり遊び、光流くんはようやく帰ると言い出した。

 帰りの車中で遊び疲れた光流くんは寝てしまった。


 家に着くと、彼に運んでもらい奥の間に布団をひいて寝かせた。おじいちゃんは不在。


 竹さんが迎えに来るまで少し時間がある。彼は仕事があるからと、事務所へ。私はお弁当箱を洗い終えると、スマホを取り出した。

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