第八話 肩車

 あるはんがおもむろに荷物から出したのは刀……ではなくサッカーボールだった。


「光流くん、サッカー習ってるんだよね。僕とドリブルで勝負しよう」


 なんだ、ちゃんと大人の対応だ。ここで本能寺の変第二弾勃発かと、ひやひやしたのに。


 二人は芝生の上を、ボールとともに走り出した。

 サッカーの「サ」の字も知らない私が見ても、光流くんは上手にボールをコントロールしている。


 あるはんの長い足の隙間を縫うように、走り回る。彼もちゃんと手加減しているので、二人は対等にボールをせっていた。


 私は安心しつつお弁当箱を片付け、シートの上に一人座り二人のじゃれ合う姿を見ていた。


 今日は晴れているが、もう十一月も終わり冬が近づいている。じっとしていると少し肌寒い。私は、脱いでいたカーディガンをはおった。


「ゆきちゃーん。ミツヒデのこと見てくれた?」


「見てたよ。上手だねサッカー、すっごくかっこいいよ」


 私にかけよってきた光流くんは汗だくだった。タオルで汗をふいてあげ、水筒を渡すとごくごく喉をならしお茶をのむ。


 ボールをもって光流くんの後から帰って来た彼にも、コップにお茶をいれて差し出しながら言った。


「アルさんもかっこよかったです」


「ありがとうございます。どっちが勝ったと思います?」


 ……せっかく大人の対応したくせに、子供かよ。


「光流くん……」


 そういうと、見るからに肩をおとし落胆している。ちょっとおもしろいな。


「休憩したら、今度はフリスビーで勝負しましょう」


 いろいろ武器を持ってきたのね。

 フリスビーには、私もまぜてもらった。せっかく気持ちのいいお天気なんだから、少しは体を動かして食べたものを消化しないと、それにじっとしていると寒いし。


 光流くんにもできるのだからと、私はなめていた。

 三人で三角の形になってフリスビーを投げたのだが、私だけ明後日の方向へ。おまけに飛んできたフリスビーを取れない。


「ゆきちゃんって、とろくてかわいいね」


 これってバカにされたのか、それともほめられたのかどっちだ! やけくそ気味にフリスビーを投げたら、木の枝にひっかかってしまった。


「ごめんなさい。とれるかな?」


 大きな幹を持つセンダンの木を見上げる。彼が手を伸ばしてもとどかない位置に、フリスビーはあった。


「何か棒でもあればとれるのに、管理棟に行って借りてきます」


 私がそういうと、光流くんは得意げな顔をして言った。


「ミツヒデとアルが合体すれば、取れるんちゃう?」


 私は意味がわからず、そのまま管理棟に行こうとすると、


「そうだね、そうしよう」


 彼はそう言ってしゃがみ、光流くんを肩に乗せ立ち上がった。

 光流くんの歓声が、芝生の上を走り抜けていく。


「わーい、たかーい。一つになった」


 彼の巻き毛の頭をかかえこむ。


「あんまりしがみついたら、前が見えないよ」


 光流くんを笑ってたしなめる。

 目の前でおこっている、このたわいもないありふれた光景。見ているのは私。

 それなのに、強烈な違和感が胸にせまる。


 ずれている。肩車をされはしゃいでいるのは、自分。自分のはずなのに、なぜ私はここに立っているの?


 昔、何かを取ろうと彼に肩車をせがんだのは私のはず。

 そんな訳はない。私は彼に肩車をされたことなんてない。せがんだ覚えもない。


 でも、たしかに私は見た。彼と私が一つになった影を。ちいさなつむじを。

 ちがう、私じゃない……私じゃない。


 彼からもらった自己肯定感に胸をふくらませ、無邪気にはしゃいでたのはいったい誰?


                *


 アルに肩車をされた光流が手をのばし、木にひっかかったフリスビーをとった。


「ゆきちゃーん、とれたよ!」


 そう言っても、雪深の返事はなかった。

 アルが振り返り雪深を見ると、真っ青な顔をしてこちらを見ている。その顔はふいにうつむいた。具合が悪くなったのかと光流を下ろし慌てて近づく。


 うつむいた顔は突然がばりとあげられ、息をひとつ大きく吐き出した。


「あっぶねー。おまえら不用意なことすんなよな。思い出すじゃねーか」


「勘十郎か?」


 雪深の顔色は元に戻っているが、目が灰青色をしていた。


「何を思い出すんだ?」


 そういうアルの後ろに光流が隠れ、こわごわと雪深を見ていた。


「アル、この人だれ? ゆきちゃんどこいったん」


「ガキは察しがいいな」


 そう言って、腕をくみ光流を見下ろすものだから、ますますアルの後ろに隠れる。


「勘十郎、言い方に気をつけろ。怖がってるじゃないか」


 雪深の顔をした勘十郎は口の端をあげ、隠れる光流の肩をつかむ。


「ゆきちゃんは、ちょっとかくれんぼしてんだ。怖いことから。安心しろすぐ帰って来る」


 そんなことを言われても、尋常じゃない雪深の変わりようにとうとう泣き出した。アルが慌てて光流を抱き上げる。


「信長様が、光秀をだっこか。なかなかシュールだな」


「この子は本当に光秀の生まれ変わりなのか?」


「知らねえ。俺光秀に会ったことねえし。そんなことより、雪深が覚醒しかかっている」


「本当に?」


 アルのうれし気な声にいら立ち、勘十郎は吐き捨てるように言う。


「喜んでんじゃねえっつうの。覚醒した途端好かれるとでも思ってんのか」


「えっ違うのか?」


 能天気なアルを勘十郎はにらみつける。


「あほか。誰が好き好んで自分を殺した相手に、すりよるってんだ。すりよって来た場合は、後ろにナイフを持ってんだよ」


 そういう考えがいっさい頭になかったアルは、狐につままれたような顔をする。


「殺される覚悟はできてるか?」


 からかう勘十郎の声に返事はない。アルの無言を、雪深は鼻で笑う。


「過去を思い出し、一番苦しむのは雪深だ。あんなクソみたいな記憶思い出さない方がいいに決まってる。あの記憶は俺が地獄までもっていく」


「そんなことできるのか?」


「さあな」


 冬の気配をはらんだ風が芝生を渡り、二人の間を通りすぎていく。

 光流のみだれた髪を手ぐしで直してやり、雪深を見ると、もう何時もの頼りなげな雪深が、頬に髪を張りつかせ立っていた。

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