第七話 府立植物園
社用車のウレタン素材のハンドルを握り、ちらちらと後部座席へバックミラー越しに視線を向ける、あるはん。
「本当にごめんね光流くん。今度ドライブに絶対行こう」
そう言っても、私の隣に座る光流くんは返事をしない。
すごい、信長様がツンの光秀に難儀なさっている。光秀に振り回される信長様とか超レア。まあ、あくまでも妄想だけど。
堀川通りを北上し、北大路通りで右折。賀茂川沿いに府民のいこいの場所、京都府立植物園がある。
通常なら十分ほどの距離。それが到着まで二十分かかった。それもすべて、紅葉のべストシーズンゆえの渋滞が原因。市民はもう慣れっこだ。
駐車場に車を置き、正門から入る。荷物は彼が持ってくれ、光流くんの手をなかば引っ張りながら園内を散策した。
バラ園のバラはもうほとんど咲き終わり、園内の見どころといえば、小川沿いのもみじ。
ちょうど紅葉の時期で、赤い葉がはらはらと小川に落ちる様はきれいなのだが、そんなことで五歳児のテンションはあがらない。
ポルシェショックをいつまでも引きずる光流くん。
お子様の気分をあげるのは、やっぱり食欲しかない。十一時半、お昼にはまだ早いが芝生広場で、お弁当を食べる事にした。
広大な芝生広場には、お弁当を広げている親子連れがちらほら。カラフルなシートをひいてパパ、ママはのんびりおしゃべり。子供たちは走り回っていた。
光流くんも、徐々に気分があがってきたようで、シートの上のあるはんが持参したバスケットの蓋をさっそく開けた。
あるはんのお弁当は、美しかった……。
ペーパーカップが整然と並ぶバスケット。カップの中には色とりどりのおかずが。ハンバーグはくまの形をしてニンジンのグラッセとともにカップにおさまっている。これならお肉と一緒に野菜もとれるし、見た目もかわいい。そしておしゃれ。
キッシュのカップやマカロニサラダ――私にはそう見えるけれど、きっとおしゃれなサラダなんだろう――のカップなど。すべて三つずつ入っている。カップの隙間は、宝石のような果物で埋められていた。
光流くんは「おいしそう」と歓声をあげ、次に私が持ってきたお弁当箱をあけた。
何の変哲もない、海苔の巻かれた塩おにぎりがつまったお弁当を。
光流くん無言。残念感がにじむ顔をして愛想のない塩おにぎりを見ている。
せめて、あるはんのお弁当の前に見てほしかった。あれの後では、ベテラン主婦のお弁当だってかすんでしまう。
しかし、光流くんは私の顔を見てにこりと笑った。
「ミツヒデ、ゆきちゃんの作るもんやったらなんでも食べるから」
「きれいに、握れてますよ。形がそろってる。それに肝心なのは味です」
年齢差の激しい男性二人にフォローされるなんて、私ポンコツだなあ。今さら悔やんでもあれだけど、おばあちゃんにもうちょっと手芸以外に料理も習っておけばよかった。
私の残念なおにぎりのおかげか、三人に流れる空気はなごみお箸もすすむ。
あるはんのお弁当は、見た目通りおいしかった。
「料理おじょうずなんですね。とってもおいしいです」
「ありがとうございます。雪深さんが料理あれでも、結婚したら僕がつくりますから。安心してください」
料理があれってどういう意味だ。
「僕のプロポーズに、まだ返答もらってないんですけど」
私の膝にもたれ、デザートのいちごを食べていた光流くんが、この会話を聞き、こ馬鹿にした笑いをもらす。
「ふん、何ゆうてんのアル。ゆきちゃんはミツヒデと結婚するんや。残念でした」
あるはんに向かってマウント発言。てか、呼び捨てしてるし。
私いま二人の男性から求婚されるという、とってもおいしいポジションなんだろうか?
「光流くんまだ五歳だよね。もうちょっと年齢の釣り合う子の方がいいんじゃないかな?」
顔に一応笑顔を張り付けてあるはんは言う。その裏に殺意を忍ばせていないだろうな。
「愛に年とか関係ないし。ミツヒデの方が先にゆきちゃんのこと好きになったんやもん」
「どっちが先かなんて関係ないよね。愛の深さだと思うんだけど」
ちょっと、大人げないな……。
「愛の深さなんてどうやってわかるん? どっちが好きかゆきちゃんに聞けば早い」
そう言って光流くんは、即座に膝へ乗り抱きつき私を見上げる。
「ミツヒデのこと好きやんな?」
小首をかしげ子リスのような愛くるしい目をしていわれたら、「はい」としか言いようがない。ここで「嫌い」なんて言える人は魔王しかいない。
ついでにかわいらしすぎるのでぎゅっと抱きしめる。
勝ち誇った顔をした光流くんは、私の腕の間から挑発的な笑みを投げた。
あるはんは、ふるふると身を震わせながら光流くんを睨んでいる。やばい、殺されそう。
「ずるい。同じことを僕がしたら確実に嫌われるのに、幼児というだけで許されてしまう。ここは、雪深さんの愛をかけていざ勝負!」
本能寺のリベンジってことですか?
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