第十話 家族のかたち
あるワードをスマホにうちこみ、検索をかける。読みふけっていると、
「こんにちはあ。今日はおおきにい」
竹さんの明るい声が聞こえてきて、内玄関の戸が開く音がした。
「おかえり、光流くんは寝ちゃった」
「いやあごめんなあ。大変やったやろ。子供のおもり。これ高島屋で買うてきたし食べて」
そう言って、薔薇柄のビニール袋を差し出す。
「
御座候とは、京都老舗百貨店、高島屋の地下で売られている今川焼きのこと。冬場は長蛇の列ができる、人気商品だ。
黒あんと白あんがあり、私とおじいちゃんは黒が好き。白が好きなのは、おばあちゃんだった。
「お花の展覧会どうだった?」
「別にどおってことない。家元がきはった時はさすがに緊張したけど、それ以外は一日しゃべりっぱなしで疲れたわ」
竹さんはお花を習っている。今日高島屋のイベントホールで開催された花展に出品してたのだ。この展覧会、賞などを決めるものではない。
「お父さんも、もうすぐ返って来るし。みつはうちでお泊りや」
お父さんとは亀じいちゃんのこと。亀じいちゃんは今日、菊の勉強会で淀までいっている。畑にビニールハウスをたてて菊づくりをしている人のところへ、見学だそう。
竹さんの声で、光流くんが目をこすりながら起きてきた。二人は彼にも声をかけ、ポルシェに乗ってドライブを約束して帰っていった。
まだあったかい細長い箱をあける。右端に白あんとかかれたテープが貼ってあり、右から二つとってお皿にのせる。
奥の間の仏壇にお供えし、
お湯をわかし、お茶を入れる。お盆に湯飲みと御座候をのせて、内玄関をでた。
事務所のふすまを遠慮がちに、ポスポスとノックすると、中から返事があり戸をあけた。
「これ、竹さんからもらったんで、アルさんもどうぞ」
お盆を差し出すと、上がってくださいと言われ、しばし迷い、上がる事にした。
外から中を伺ったことはあるが、室内に入るのは初めて。
奥の壁一面にスチールの棚が設置され、本やファイルが並んでいる横に飛行機の模型や地球儀。この間の手づくり市で買った額装が置かれている。
棚の一番上にはチーキーがちょこんと座っていた。仕事のものと好きな物が雑然と並んでいて、さながら大人の秘密基地めいている。
部屋の真ん中に置かれたテーブルの上には金のしゃちほこがのったお城の模型が。外観が黒、藍、朱、金に着色された天主閣はド派手で、普通のお城とは趣が違う。おまけに上から二番目の階は八角形でどことなく異国情緒があった。
彼は、背を向けてパソコンの画面を見ていた。
「ちょっと待ってくださいね。今いいアイデアが浮かんでるんで、すぐ形にしたい」
画面には家とおぼしき設計図が映し出されていた。
「イタリア人の友人が今度家を建てるから、設計を頼まれてたんです。子供が男の子三人。のびのび育てられる家って注文だったんですが、僕にはイメージがなかなかつかめなくて」
マウスやらキーボードを操作しながら、話し続ける。
「今日光流くんと遊んでわかったんです。子供は走り回るって。なので一階部分はなるべく柱や壁を取り除いて家の中に広場を作ったらどうだろうって」
「すごく楽しそうな家ですね」
私は、お城の模型を見下ろしながら答えた。
「そこの椅子に座ってください。もう終わりますから」
言われるまま、椅子に座る。しばらくして、彼は仕事が終わったのか振り向いた。
「もうお茶ぬるくなってるかも。入れなおしてきます」
立ち上がる私を、右手をあげ彼は制した。
「いえ、このままいただきます」
お茶をすすり御座候を一口食べ、おいしいといって笑う。土曜日の夕方、明日も休みという安穏な空気が漂う室内。
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそ。でも、光流くんには悪いことをしました」
「車のことですか?」
「はい。車は一人か二人で乗るものって経験上、頭に刷り込まれてて。僕には今まで三番目のシートは必要なかったんだなって初めて気づきました。新鮮な驚きです」
彼には恋人はいても、三番目のシートに乗せる人はいなかったってことなのか。
「このお城、ひょっとして安土城ですか? とっても細かく再現されてる」
彼の孤独から目をそらし、話題をかえた。私の孤独が、彼に引き寄せられる前に。
「そうです。僕がつくった城なんで。図面は頭に入っています」
この人は本当に信長の生まれ変わりなんだろうか? そうすると私は彼の言う通り、勘十郎という人だったのだろうか?
「あの、勘十郎って弟さんだったんですね」
さきほどスマホの検索で見つけた名前。織田勘十郎信行。
「そうです」と湯呑を手のひらに乗せたまま彼は返事をした。
「弟さんが謀反を企んだから殺したんですか?」
「そうです。一度は許したが二度目は許せなかった。許していたら織田家の秩序が乱れ、今度は僕がうたれるかもしれない。当主としはあの選択しかなかった」
「弟さんのこと、恨んでたわけじゃないんですね」
「勘十郎とは母が同じでいっしょに育ちました。年も近く何をするのもいっしょ。本当に仲が良く。大事な弟でした」
「じゃあ、アルさんは私と結婚したいんじゃなくて、家族になりたいってことですよね」
私の言葉に、彼はハッとして顔をあげる。
「だから、結婚してあなたと家族になりたいんです」
「結婚しなくても家族にはなれますよ」
私は彼のヘーゼルの瞳を真っすぐ見る。嘘は言っていない。
「この家みたいに、いろんな人が出入りして、ゆるくつながっている。それでよくないですか」
「そうはいうけど、みなさん血がつながってるじゃないですか。他人が家族になるには婚姻という契約を結ばなければ」
そう言い募る彼の言葉にかぶせるように、
「私とこの家の人たちは血がつながってませんよ」
と言った。
彼の手から降ろされた湯呑から、お茶がこぼれた。
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