第九話 巻き玉の指輪

 それから二人で、お店を見て回ったのだが……めちゃくちゃ楽しい。

 念願かなっての手づくり市なので、私はハイテンション。あるはんもうきうきしている。


 手作り陶器に入った多肉植物。リースのお店。革製の財布がずらりとならんだお店。どの店舗もディスプレイがうまく、品物がよりかわいく見えるように置かれている。


 ちょっとしたインテリアのお見本にもなる。見ているだけであきなかった。

 好奇の視線は相変わらずだったけど、もう気にならない。目の前の可愛いものたちに心奪われて、忙しいのなんの。


 種から育てられた自家製ドライフラワーのリースや、おじいちゃん好みの渋いぐい飲み、光流くんにお土産、カエルのあみぐるみ。リュックがパンパンになるまでお買い物を楽しんだ。


 あるはんも古典額装という物をお買い上げ。

 立体的に絵や指輪、思い出の品を額に収める主にヨーロッパで行われてきた技法だと、お店の人に説明を受けた。


 彼が手に取ったものは古い切手が額装されていて、切手には鳥の絵とESPANAの文字が。


「この切手、スペインの切手です。父は切手収集が趣味で、たくさん持っていた。僕にもよく見せて自慢してました」


 横から覗き込む私に教えてくれた。小枝に止まった鳥が今にも羽ばたいて飛んでいきそうなほど、細密な描写の切手。


「スペインからここへ飛んで来たんですね」


 ご両親が健在だった頃を思い出しているだろうその顔を見ていると、口からぽろりと言葉がこぼれおちた。


 しまった……また不思議ちゃん発言を。こういう天然ボケの反応はだいたい、失笑かスルー。薫は爆笑してくれたけど。


 こわごわその麗しい横顔を盗み見する。その私の視線とあるはんの視線が、かちりとはまった。


「そうですね。僕もそう思います」


 なんと天然発言を全肯定。これは初めての反応じゃないだろうか? 

 一回乗っかって、ノリツッコミをされたことはある。そんな高度な事ができる大学の大阪人にその後さんざんいじられ、不思議ちゃんの烙印を押されたけど。


 あるはんは、ノリつっこみすることなく、その額装をお店の人に渡した。

 お店の人が包んでいる間、私はその場にいるのがいたたまれなくなり、ほてった頬をさますべく隣のアクセサリーのお店を何の気なしにのぞいた。


 それが、運命の始まり……私は出会ってしまった。


 スカイブルー、ネイビー、ブルーグレー。ブルー系の巻き玉が六つついたリングに。

 巻き玉とは木のビーズに糸を巻き付けたもの。その巻き玉のお尻部分に、キラキラのビーズがついている。このビーズもブルー系でまとめられていた。


 巻き玉も光沢があり、ビーズのキラキラとあいまって本物の宝石のように輝いていた。


「あれ、おたくリンカさんとこの人とちゃう?」


 一目ぼれしたリングにググッと顔を近づけ、よだれをたらさんばかりに見ていた私の頭上から、声がきこえる。

 顔をあげると、市香ちゃんのお店の常連ハンドメイド作家さんだった。


「これむちゃくちゃかわいいんですけど」

 開口一番、挨拶もぬきにリングへの愛がだだもれた。


「せやろ。なんせリンカさんとこのシルクの糸と、スワロフスキーのビーズ使ってるんやから。きらめきが違うわ」


 なるほど、シルク糸とスワロフスキーだからこのまばゆいばかりのうつくしさ。

 スワロフスキーとは、オーストリアのクリスタル会社。世界最高水準の透明度とクオリティーをほこり、ここのガラスビーズはハンドメイダーあこがれの一品なのだ。


 ちらりと、値札をみる。……お値段はかわいくなかった。

 そりゃそうだ。材料にコストがかかってるんだから。


 然れども、買えない値段ではない。おじいちゃんにお小遣いももらった。買いたいけど、今日はいっぱい買い物したし……。


 なぜ、もっと早く出会わなかったのだろう。そうすれば、君一筋でがまんできたのに。これが運命のいたずらというものなのか!


 やむにやまれず引き裂かれた恋人ごっこを脳内でくりひろげていると、私の背後から買い物を終えたあるはんがやって来た。

 お店の人は彼をすかさずロックオン。


「イケメン彼氏さん、彼女めっちゃこの指輪なやんでんで、買ってあげたら」


 なんていうものだから、私は全力で否定しようとした。

 この方はあちらの方なんで、私みたいな平たい顔族の女に興味ないんです。


 いやいやそんなあるはんのプライベートな嗜好を、暴露するわけにいかないし。でも、彼女と誤解させたままなのも、不快だろうし。


 あーなんて言って否定すればいいんだ。

 そんな頭を抱える私をよそに、長い腕が伸びてきて一目ぼれした指輪を摘まみ上げた。


「これですか?」

 私が返事しないのに、お店の人は勝手に回答。


「それそれ、彼女のかいらしい手に映えるでえ」


 そのまま、指輪はお店の人に渡され、お支払い。呆然とする私の薬指でサイズ調整され、指輪は再びあるはんの手へ。


 向き合う彼に左手をとられた私へ、視線が痛いほど突き刺さる。そうですよね。全然釣り合わないカップルですよね。あれ? カップルでいいの? アベック? つがい? 


 視線の濁流に飲み込まれあっぷあっぷしている私の左薬指へ、彼は指輪をはめた。その瞬間まわりから、なぜか拍手がわきおこった。「お幸せにい」や「お似合いやあ」のかけ声まで。


 もう、顔を上げる事ができない。それでも絞り出すように「ありがとうございます」と言っている自分にあきれた。


 あっテンパリすぎて意識が遠のいていく……。

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