第八話 手づくり市

 来店の翌日には、メッセージが送られてきた。家まで迎えにいくとあったので、そこは丁重にお断りして、現地に朝九時集合とあいなった。


 実は、百万遍の手づくり市、ずっと前から行きたかったのだ。しかし薫を誘ったら、人ごみは嫌だと断られ、市香ちゃんは仕事。


 最後の手段おじいちゃんには、青空市場に若い娘が何しに行くんや、と逆に質問された。青空市場ってなんだろう。


 意を決し休日開催に一人で出かけたが、あまりの人の多さにギブアップ。門前で引き返した。

 今回は平日。おまけに午前中にいくのだから大丈夫だろう。


 出町柳駅から東へ徒歩十分。百万遍とよばれる東大路通りと今出川通りの交差点。その北東角に建つのが、手づくり市の会場となる百万遍知恩寺。近くには京大のキャンパスがある。


 私は家から自転車にのって八時五十分に到着。入り口、紅白の垂れ幕が下がる山門には、「手づくり市 私が創りました。買って下さい。」と書かれた大きな看板が出ていた。


 この市は、人の手でつくられているものは出店可能。関西一円からおよそ四百店舗ほどが境内いっぱいにならぶ。


 実店舗をかまえているお店から、ハンドメイド好きが集まったグループ。芸大出身のクリエイターなど、出店者もさまざま。この市で人気が出て、お店を始めた人もいる。


 市をにぎやかす品物は、アクセサリーや雑貨作品はもちろん、パンや、スイーツ、ドリンクなど充実のラインナップ。今日も大勢のお客さんが、次々山門から中へ入っていく。


 山門横の土塀に自転車をおき、きょろきょろとあたりをみまわす。すると、とんとんと肩をたたかれた。振り返ると今日もまぶしい笑顔のあるはんが、そこにいらっしゃった。


「おはようございます。待ちました?」


「いえ、今来たところです」

 私はおたおたと答え、すばやく目線をそらす。


 あるはんに促され山門をくぐりぬけた。参道にそってアウトドア用のテントが各店舗にはられ、奥までぎっしりと隙間なく並んでいる。石畳の参道は人で埋め尽くされていた。


「すごい人ですね」

 あるはんは、目の前の光景に目をみはる。


「今日平日だから、少ないと思ったのに」

 私はかなりがっかり、うなだれて答える。そんなあるはんは私の手を取った。


「さあいきましょう。マルシェは楽しまないと」


 そう言って奥へ向かって、私の手を引き歩き出した。

 ちらちらと私たちに向けられる視線がいたい。あからさまには口にしなくても心の声がいたい。


 思いますよね。なんて顔面偏差値に開きがあるカップルだって。


 人ごみをかき分け、魅力的な可愛いものが並ぶ参道を進むと、立派な御影堂の前に出た。


 私は背負っていたリュックの中から紙をおもむろに出す。紙にはびっしりとパンとお菓子の名前が書いてある。市香ちゃんは手づくり市のことをネットで調べ、私におつかいを頼んだのだった。


「私、頼まれたパン買うので、どうぞそちらは、お好きなところを見て回ってください」


 少々冷たいかもしれないが、市香ちゃんに頼まれたパン屋さんはこの手づくり市で一番人気のお店。さっきちらりと見えたお店には、もうすでに長蛇の列が。そんな列にいっしょに並ばせるわけにはいかない。外国人はとにかく並ばないと聞くし。


 私が持つ紙を横目で見て、あるはんは言った。


「パン屋さんは何件ですか?」

「パン屋さんが一件とクッキーのお店が一件……すいません」


 どちらも人気店。市香ちゃん多めにお金くれたけど、案内してあげてって言われてもこれ買うだけで午前中終わっちゃうよ。


「じゃあ、手分けしましょう。僕がクッキーにいきますから。メモ見せてください」

「そんな、御迷惑かけられません」


「僕もパン食べたいので、適当に僕の分も雪深さんが選んでください」


 そう言われては致し方ない。私はクッキーのお金を渡そうとすると、断られた。パンとクッキーで物々交換ということで、だって。


 渋る私の手の中からメモを抜き取り、品名と数、お店の名前と地図を確認すると、手をあげさっさと行ってしまった。あれだけで覚えたの? 男前すぎやろ。


 ここでぼーっとしていては時間のロス。すばやく御影堂近くに出店するパン屋さんの列に、私は並んだ。


 パンは飛ぶように売れていき、重ねられたプラスチックのケースがどんどん空になっていく。


 ちらちら売れていくパンを見て、市香ちゃんご所望のパンが買えなかったらと思うと気が気じゃない。しかし、列は思いのほかサクサク進んでいった。どうもみなさん買うパンをあらかじめ決めているようで、回転が速い。


 十五分ほどで私の番になり、ハード系を中心にお買い上げ。あるはんの分も忘れず購入。チャバタやクロワッサン、くるみのソフトパンなど。


 無事おつかいを終えた安堵感に気が緩んでいたところ、お店の人から「はい、おつり百万円」と百円玉を渡されたものだから、吹き出してしまった。笑いをとれたことにご満悦で、親指をたてどや顔をする店員さん。


 そのしぐさがまたおもしろく、笑いが止まらなくなっている私の肩を誰かがたたく。笑いにゆがむ顔のまま振り返ると、あるはんだった。


 よっぽど私の顔がぶさいくだったのか、品のいい口はぶはっと大量の息をふきだした。しかし、すぐさま口元を腕でかくし、うつむいているが、肩は小刻みに揺れている。


 お気遣いありがとうございます。でも、笑ってるってバレバレですよ、それ。

 死ぬほど恥ずかしい……ここはもう笑うしかない。おかしなテンションの二人に店員さんがとどめの一言。


「その笑顔、二人合わせて二百万円やで」

 お上手。座布団一枚。

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