第三話 アンティーク雑貨店
地下鉄の入り口で薫と別れ、自転車に乗り思い切りペダルをこぎだし、今出川通りを疾走する。烏丸通りから堀川通りをすぎ、大宮通りを南へ下がる。
この辺りは西陣。応仁の乱時、西軍 山名宗全の布陣がその名の由来。平安の時代より織物の町として栄え、今でも高級織物、西陣織がつくられている町だ。
日中通りを歩いていると、町家の奥からカシャンカシャンと織機の音がする。職人さんが多い町だが、織物の商店も未だに残っている。これぞ京都という軒の低い町家が連なっているが、ところどころ近代的なビルや住宅、マンションにかわっているところもある。
その一角、白いタイル張りのビルには「生駒商店」と看板が掲げられている。その隣の町家。
大きく張り出した化粧軒。二階部分は漆喰の虫籠窓、玄関を挟んで左右は、腰部分に立派な御影石が張られた出格子。この格子は上部がすいた細い木製の糸屋格子がはまっている。
玄関の格子戸の横には「
私は自転車のハンドルを握ったまま、格子戸をあけ、自転車ごと中へ入っていった。
京町家はうなぎの寝床といわれるように、通りに面する間口は狭く、
右手の部屋から「おかえりやす」と声がした。私は「ただいま」と言いつつ、家の中にある二番目の玄関、内玄関手前に自転車をとめ、靴をぬぎ黒光りする式台から部屋にあがった。
そこは本来なら土壁の和室なのだが、畳の上にはゴブラン織りのじゅうたんが敷かれ、調度品はあめ色のアンティークの家具が置かれている。天井から下げられたミルクガラスのランプシェードが室内を暖かく照らす。
奥の壁に設えられた棚には、コーンに巻かれた色とりどりの糸や、ヨーロッパの蚤の市で仕入れた多種多様な雑貨が並ぶ。窓に近い壁には大小さまざまなタッセル(ふさ飾り)が美しいグラデーションをつくり陳列されていた。
猫足のライティンブビューローに座る
「新作入ったよ。つまみ細工のええ人みつけてん。鶴じいちゃんの紹介。私はまだおうてへんけど」
この六畳京間なのに和と洋が絶妙にまじりあった英国アンティーク風の雑貨屋さんは、母のいとこの市香ちゃんがオーナー。おじいちゃん――市香ちゃんにとってはおじさん――の町家の一室を借りて営業している。
市香ちゃんの言葉につられ、部屋の中央に置かれたガラスケースに吸い寄せられる。タッセルを使ったイヤリングやピアス、ハンドメイドのアクセサリーが並ぶ一角。
古物のプリンタートレイ(活版印刷の活字ケース)の上に、つまみ細工のブローチがおかれていた。
「これ、リバティ使ってる。つまみ細工には珍しいね」
リバティとは、ロンドンのリバティ百貨店のプリント生地のこと。百年以上の歴史をもち、新旧さまざまな図案がある。この生地を使ったハンドメイド作品は多い。しかし、つまみ細工は和風のちりめん生地が使われ、かんざしなどの和装小物が多いはず。
「最近洋風のつまみ細工流行ってるんやって。生地もちりめんに限らず、コットンやシフォン使ったり」
たしかにこのブローチはつまみ細工で作られているが、コットンのお花が三本ブーケのように束ねられていて、どこにも和のテイストがない。
「この人センスいいね。リバティばっかり使ったらくどいけど、無地の生地と合わせてほどよいバランスで仕上げてる」
十二枚ある花弁は,小花柄のリバティ四枚に対して無地が八枚の比率だった。
「ゆきちゃん今日イヤリング、片っぽしかしてへんの?」
そう言われて、私はあわててブローチをおいて自分の耳をさわる。右耳にタッセルのイヤリングがついているのに、左耳にはついていない。このお店の糸を自分で選んで作ってもらった、青磁色のタッセルイヤリング。
「どっかで落としたん?」
うなだれる私は、市香ちゃんの言葉で思い出す。今日河原でコンビニスイーツを食べた時は、たしかについていた。タッセルをいじりながら、薫と会話してたのだから。ということは、あの飛び石を渡った時に違いない。
「今日はろくな事がない。イケメンはほんと鬼門だ」
そうぼやいたセリフに市香ちゃんがくいついたので、私は今日河原であったできごとを話した。
「すごーい、マジで恋する五秒前やん」
なにそれ? 私が怪訝な顔をすると、
「えっ知らんの? ヒロスエやけど」
あからさまに、ショックを受けている市香ちゃん。市香ちゃんと私は一回り以上離れているので、このようにたまに話がかみ合わない。
それにしても、イヤリングどうしよう。今から河原に見に行ってもきっともうないだろう。また作ってもらうしかないか。
そう意気消沈していると、ガラリと玄関の格子戸が開き、かわいらしい声が町家に響く。
「ただいまあ。今日のおやつなにい?」
市香ちゃんの息子、
「みつ、多齢堂のカステイラもろたんあるわ。食べや」
そう言って、光流くんの手をひいておじいちゃんも帰って来た。
「鶴じいちゃんが、お迎えいってくれたん? 亀じいちゃんに頼んでたのに。ほんまかんにん」
「かまへん、かまへん。亀はなんや隣で忙しそうやったし、わしがいったんや」
とってもややこしいが、おじいちゃんは二人いる。鶴じいちゃんと亀じいちゃん。私のおじいちゃんは、
鶴に亀。漫才コンビの芸名みたいな名前の由縁は、二人が双子だから。ちなみに鶴の方が兄である。
そして隣とは、生駒商店のこと。生駒商店は江戸の代から続く糸問屋であり、この土田家の家業である。鶴じいちゃんが会長で亀じいちゃんが社長。市香ちゃんのお兄さん二人が専務をしている。現在、二人のお兄さんが会社をまわし、お年寄り二人はほぼご隠居さん状態。
糸問屋で扱う糸は、さまざま。着物に使われる高級国産絹糸から、手芸で使う真綿糸や紬糸まで。それらはすべて染められる前の白い糸。その白い糸を、市香ちゃんは知り合いの染色家に天然の染料で染めてもらっている。
お店に並ぶ色鮮やかな糸は、主に手芸用に量り売りされる。レース編み、織物、ミサンガ、組みひもなど糸を使ったハンドメイドをする人たちの手元へ渡っていく。私の大好きなタッセルは市香ちゃんの手作り。
お店に買い求めにやって来る人もいれば、ネット通販もしていて結構需要はあるようだ。
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