第3話 死なないで

 死なないでと言ってくれる人


「そんなことばかりしてると、死なないでって言ってくれる人までいなくなるよ」



 彼はぼんやりとした意識のなかでいつかの昔の友人がいっていたことを思い出した。過去の出来事を一つ二つと浮かんでくる。目から入る情報で時々痛みや不快感があるが、体は感覚がないようだった。それが不思議で、まるで不死身にでもなったようだ。


 思わず言ってしまったというような、親の死んでしまえ、という叫び声に。彼は死ぬのを決意した。死ぬことは簡単じゃない。生きることは簡単じゃない。死んでいる人のニュースが出る度、どうしてまだ自分は生きているんだろうと思った。ご飯を食べて寝ているんだろう。

 自殺のために準備した道具も、箱にしまいこんだ。死にたいけど死にたくない。


 死なないでと言ってくれる人はたしかにもういなかった。

 研究員のひとりが自殺用の薬品を口に流し込む。死んでいないことに気づいたからだ。口から流れてしまうのを手で押さえ込んで、うえを向かされた。


 知らない天井だ。


 兄と彼が見た、知らない天井には雨漏りのシミがあった。古い病院だった。何度も面会にいって、いつからか会えなくなって、会えると思ったらシミなんてないきれいな部屋になっていた。


 兄は死んで、顔を見た。きれいな顔で、親は泣いていた。布をかぶせていつか何かのアニメかドラマで見たなあとぼんやりとした気持ちでいた。


 彼は兄が好きだった。死んでからは嫌いになった、そんな自分が嫌いだった。

 兄を見るには顔をあげなくてはいけない。空が見えたり家の天井が見えたり、病院では兄が指差したから、あのシミを見たんだ。

 僕はあればっか見てるよ。あれを見てると死にたくなるんだ。あれがなくても死にたくなったと思うけど。

 兄ちゃん、ここに絵かいてあげるよ。

 彼は壁に絵を描いた。見つかれば怒られるから小さくかいた。

 ありがとう。


 兄ちゃんのほうが生きていれば

 きっと人の役に立つ立派な人になってただろう

 兄ちゃんに死なないでっていったかな

 言ってれば兄ちゃん死なずにいたかな

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