第7話 『僕』と『ケンタ』

 ぽこぽこ、ゆらゆら、今日も変わらず水槽セカイは平和だ。

 決まった時間に動き始めて、決まった時間に餌が落ちてくる。

 あとは砂利をもしゃもしゃ掃除していれば、 僕は至って満足だった。


 満足?

 本当にそうなのかな?

 満足ってなんだろう?

 外の世界も知らずに?


「――――――!!」


「うるさいなぁ」

 水槽の外に目をやると、今日もあの「ニンゲン」の子供が来ていた。

 一匹でワーワーと騒ぐのは、僕たちと変わりはしない。

 なんたって魚は何百匹も兄弟がいるからね。


 その「ニンゲン」の子供は、近頃大きい「ニンゲン」を引き連れてお店にやって来る。

 あれが親なのかどうかは、僕にはさっぱりわからない。魚の親ならすぐわかるんだけどね。


 話は戻るけど、この子供は、この水槽をずっと眺めていて、しかも、この僕をずっと眺めているんだ。

 この僕をだよ?自分でいうのもなんだけど、ちょっと信じられなかった。

 だってこれまで誰の目にも止まらなかったんだから。


 すると、水槽の壁に白い紙が貼られた。

 これまで何度も見てきた紙だった。


「うそ……僕が買われるの?」


 そこには「コリドラス売約済み」の文字が書かれている。

 信じられなかった。

 この水槽で生まれて、死ぬまでこの暮らしが続くものだと思い込んでいたから、目の前の事実に水面にも昇る思いだった。

 買い主は「ケンタ」というらしい。

 そうか、あの子供が「ケンタ」って名前なんだ。


 それから僕は、「ケンタ」が引き取りに来る日まで、不思議と気分が良かった。

 普段より勢いよく泳いでたせいで、あちこちに頭をぶつけていた。


「痛いじゃないか『コリドラス』やっと買われるからって浮かれすぎだろ」

「ごめんよ『プレコ』くん。どうやら相当浮かれてるようだよ」

「……あまり浮かれすぎるなよ?急に『キャンセル』されることだってあるんだからな」

「わかってるよ」


 そう――あまり浮かれていると、「キャンセル」という期待を裏切る事態が起こるのだ。


 だから、僕は浮かれすぎないように気を付けながら、だけどやっぱり受かれていた。



 約束の受取日になると、僕は今か今かと「ケンタ」が訪れるのを待っていた。

 だけど、待てど暮らせど彼はやってこない。

 どうしたんだろうと心配していると、いつも一緒にやって来る大きい「ニンゲン」が姿を現した。

 その隣には「ケンタ」の姿はない。


 お店の「ニンゲン」にひとしきり頭を下げると、何故かそのまま帰ってしまった。

 そして、僕の名前が貼ってあった白い紙も、用がなくなったとばかりに剥がされてしまった。



「どうして……?僕なにか気に入らないことした?」

「そんなもんだよ。アイツら『ニンゲン』はいつだって勝手なんだ。『キャンセル』するくらいなら最初からさせるなっての」



「プレコ」くんも同じ経験があったみたいで、ぷんぷんと尻尾を揺らして怒ってます。

 僕は怒りよりも、落胆のほうが大きく。

 自慢の食欲もなくなってしまいました。



「もう……外の世界のことを考えるのは止めよう」

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