第8話 『僕』と『コリドラス』

「なにも退院したばかりですぐ来なくても」


「ダメだよ!もしかしたら誰かに買われてるかもしれないじゃん」


「大丈夫だよ。ずっと売れてなかった魚なんだから」


 お父さんは笑ってそう言うけど、なんであのコリドラスが売れないのか僕にはわからなかった。

 あんなにかわいい顔して、売れないほうがそもそもおかしいというのに。

 きっと見る目がない客ばかりなんだよ。


 僕は二ヶ月ほど急病で入院していたけど、その間にもし買われてたりしたら――

 不安を抱えたままお店に辿り着くと、あの日のようにコリドラスは水槽のなかにいた。


「あれ?なんか元気ない……」


 前に見たときは忙しなく口を動かして泳いでいたというのに、今では水槽の底で石のようにじっと している。


「ああ、そいつはもう寿命なのかもしれないな」

「寿命……ですか?」


 従業員のまさかの言葉に、僕は固まってしまった。水槽を覗くと、じっとしていたコリドラスと目があった気がした。

濁った目は、何かを訴えかけている。

 

「僕、このコリドラス買います!」

「おいケンタ。なにもそんな死にそうな魚を買わなくても」

「嫌だ。この子がいいの」


 なぜだかわからないけど、目があったときに、このコリドラスは外に出たがってるように思えたから。


「買ってもすぐに死んじゃうかもしれないよ?それでもいい?」

「うん。この子を外の世界に連れてってあげたいんです」




 もう動くのもしんどいなぁ……。

 体も重いし、前みたいに泳ぐこともできない。

 朝から夜まで、起きてるような、寝ているような――これが夢なのか現実なのかすら、わからなくなっていた。

 たぶん、僕はもう長くは生きられない。

 なんとなく、わかるんだ。

 きっと、このまま水槽で死んでいくことを――



「――――――!」


 なんだろう。

 外から声が聴こえる。

 虚ろな目で水槽の外を眺めると、そこにはいつかの『ケンタ』が立っていた。

 ああ……また来たんだね。

 別に期待もしてないけど、なんの用で来たんだろう。


 あれ?

 どうして僕を網で掬おうとするの?

 もうすぐ死んじゃう僕のことを。

 こんな死にかけの僕をどうして?


 空気でパンパンになった透明の袋に詰められると、お互い目があった。


「よろしくね。『コリドラス』くん」


そっか……やっと理解できた。

僕はとうとう外の世界に行けるんだ。

じゃあ、短い間だけど、

「よろしくね。『ケンタ』くん」



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水底から見上げてみれば きょんきょん @kyosuke11920212

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