第5話 『僕』と『金魚』

 ここ最近はお店が繁盛してるようで、この小さな水槽せかいに誰かが新しく入ってきても、すぐにいなくなってしまうことが多かった。

 僕?僕はいつも通り誰からも見向きもされないで底を這ってるけど、一言も話さないまま別れてしまうのは少し寂しく感じていた。


 そうやって皆が「ニンゲン」に買われていくと、とうとう水槽のなかには僕だけになってしまった。

 いつもなら僕の頭の上を誰かが泳いでいるはずなのに、エアレーションのぽこぽこ空気の泡が生まれる音と、水草がさわさわ揺れる音しか聴こえない。


 次第に心細くなって、でも僕は砂利をも掃除するしか能がないから、もしゃもしゃと口を動かす。

 イトミミズはいないかな?

 もしかしたら会話の相手になってくれるかもしれない。


 そうしてあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてると、急に水槽の中が騒がしくなった。


「「「あー疲れたぁ!」」」


 そのやかましさといったら、たまに「ニンゲン」が連れてくる子供がお店を走り回るくらいの騒がしさだった。

 うるさいなぁ、と見上げると、そこには「ネオンテトラ」くんの群れの比ではない大群の「金魚」がいたではないか。

 見渡す限りの赤色で水槽は埋め尽くされて、窒息するかと思ったよ。


「ねえねえ『金魚』さん。どうして君達はそんなにたくさんいるんだい?」

「「「えー?なんでだろ?わからないけど、生まれたときからみんないっしょなんだよー」」」


 一つ話しかける度に、「金魚」さんはみんなで一斉に話すもんだから、うるさいったらありゃしない。

 でも、こんなに兄弟がいたらそれはそれで楽しいのかもしれないなぁ。

 そういえば、僕には兄妹っていたのかな?いたら僕はお兄ちゃんなのか、それとも弟かな?


「『金魚』さんって、たくさん種類がわかれてるんだよね。あいにく僕は詳しくないけど、『金魚』さんはなんて種類なの?」

「「「えーとねー。ぼくたちは『餌金』って呼ばれてたよ。なんだろね?」」」


 ああ。そういうことだったのか。

 無知な僕が知ってる数少ない知識のなかに、その名前の意味が刻み込まれていた。

 誰から聞いたかは覚えてないけど、たまたま空いていたこの水槽が、彼ら『金魚』の最後の安息の地だったんだ。


「「「ぼくたちね!誰かの役に立てるんだって!なんの役に立つんだろ?君は知ってるかい?」」」

「ごめんよ。僕も知らないんだ」

「「「そっかぁ。でもすぐにわかるよね。『ニンゲン』に買われていった兄妹達も元気にしてるかな」」」


 この時ほど頭が良ければいいなと思ったことはなかった。

 だけど、ちっぽけな僕に言ってやれることなんてなかったし、「金魚」さんに本当のことを言うわけにもいかなかった。

 だって、本当に誰かの役に立てると思ってるんだから。


 それから「金魚」さんは「ニンゲン」に買われていき、最後の一人が網に救われていく直前に話しかけてきた。


「あのね、本当は知ってたんだよ。僕らが大きな魚に食べられるだけの存在だって」

「それなのに、どうしてそんな顔が出来るんだい?」

 自分達の運命を知ってるのに、最後まで笑顔だった。

「それは「ニンゲン」の役に立てるからさ。僕達『金魚』は、『ニンゲン』と共に生きてきたからね」


 そして、また誰もいなくなった水槽に今日も誰かがやって来る。

 あれだけ騒がしかった日々は戻ってこない。平和な、なにも変わらない世界。

 せめて、僕だけでも彼らのことを最後まで覚えておこうと誓った。


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