第2話 『僕』と『エンゼルフィッシュ』
ふわぁ……よく寝た。
あくびをして目覚めると、砂利の上にこてんと横になっていた。ついでにお腹が減っている。
あれは誰だったか――そうだ。
「ネオンテトラ」くんだったかな。
「君は警戒心が無さすぎるよ。見てごらん。僕たちの群れを」
そう言う彼の群れは、確かにまとまって安心なのかもしれない。
だけど、ここで生まれ育った僕には、警戒心がなんなのかよくわからない。
何から身を守ると言うのだろう。
この小さな
僕の
「ニンゲン」が決まった時間にやって来て、端の水槽から一つずつ灯りをつけていくんだ。
そのあと、決まった時間に、決まった餌を、決まった分量で落としていく。
たくさんの水槽があるから大変だろうけど、それも「ニンゲン」の仕事なのだろう。
僕の仕事といえば、こうして飽きることなく砂利のお掃除をするくらいだ。
もしゃもしゃと、誰に見られるわけでもなく、おひげをわさわさ動かしながら。
するとね、誰の目にもとまらない餌にありつけたりするんだよ。
ある日、外の世界から来たばかりの「エンゼルフィッシュ」さんに尋ねた。
「エンゼルフィッシュ」さんが住んでいところは、もっと大きな「川」というところらしい。
川というのが何か、ものを知らない僕にはわからないけれど、生まれ故郷を自慢げに語る彼の話を聞くと、そこは冒険のような日々を送る大変なところらしい。
水槽とは比べようもないほどに、大きく、危険な世界。
「急に『ニンゲン』に捕まったと思えば、こんなところに連れてこられてさ。運が悪いったらありゃしないよ」
水槽の壁には、『ワイルド固体』と書いてあった。
彼は外の世界で捕まった同胞の事を指す言葉だと教えてくれた。
「じゃあ、今すぐ故郷の『川』に帰りたいと思う?」
「うーん。でもこっちのほうが敵もいないし、餌も美味しいし、楽に暮らせるからな。帰れなくてもいいかもしれない」
彼は生まれ故郷よりも、この狭くて安全な水槽をお気に召したようだ。
楽に暮らせる。
何かに怯えなくてもいい。
「ネオンテトラ」くんは、今日も僕の上を群れて泳いでいる。
それからすぐに「エンゼルフィッシュ」くんも「ニンゲン」に買われていった。
安全な地であるといいな。
でも、そこには思いもしない敵がいるかもしれない。
もう二度と会うこともない彼に向かって、せめて、生まれ故郷が恋しくなるような世界でないことを僕は静かに祈った。
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