水底から見上げてみれば

きょんきょん

第1話 『僕』と『グッピー』

 ぶくぶくと、泡が立つ。

 エアレーションの揺らぎが、水草をゆらゆらと踊らせる。

 いつもと変わらない日常が、今日もやって来た。

 生まれてこのかた、ずっとこの狭い世界で暮らしている僕は、どうやら外の生き物から「コリドラス」と呼ばれているらしい。

 名前なんてものに価値を感じはしないけど、いつも決まった時間に落としてくれる固形の餌は、活き餌には劣るけど美味しいから価値があると思う。


 さて、今日もお店の開店時間になったようだ。

 一匹、また一匹とお店に訪れる生き物の名前は、「ニンゲン」というらしい。

 古株の「ミナミヌマエビ」さんが、確かそう言っていた気がする。

 その「ミナミヌマエビ」さんは、いつだったか水槽の隅っこで動かなくなってたから、小腹が空いていた僕はペロリと食べちゃったけど。

 あまり美味しくはなかったな。


 お店に幾つも並んでいる僕らの水槽せかいを、ニンゲンたちは大きな目玉でしげしげと覗いている。

 お目当ての同胞がいれば連れ帰っていき、いなければそのまま帰っていく。

 いつもの光景だ。


 ぱんぱんに膨らんだビニール袋のなかに詰め込まれた、名も知らぬ仲間と目があった。

 オス彼女メスかわからないけど、ここを離れれば二度と会うことはないだろう。

 誰かに外の世界が羨ましいかと聴かれたら――うん、そんなことは、ないと思う。わからないけど。

 だって、小さな僕の小さな頭じゃ、外の世界なんて想像できないもん。



「ナニを考えてるの?」

「ちょっと外の世界についてね」


 今日も赤と青の尾びれが綺麗な「グッピー」が話しかけてきた。

 いつもなら底を這っている地味な僕の容姿をからかって、嫌味の一言でも言ってくるお調子者の彼女だけど、今日はなんだかウキウキしているように見える。

 何か良いことでもあったのかな。


「ふーん。しょうもないこと考えてるのね」

「そんな風に言うなよ」


 僕の言葉なんてお構いなしに、ぐるぐると水流に乗って舞うように泳いでいた。

 まるで自分の美しさを見せびらかすように。


「ああ。君も買い手が決まったんだね」


 水槽の透明の壁に――

『グッピー×100匹 予約済み』

 と書かれた紙が貼られていた。

 そうか、だから君は喜んでいたんだね。


「ごめんねー。アタシの綺麗な姿に一目惚れされちゃったみたいね」

「よかったじゃないか。外の世界に行くことができて」


 彼女はその後、大量の仲間達と共に外の世界へと旅立っていった。

 似たり寄ったりの百匹の仲間達と、彼女はどう違うのだろうか。

 新しい世界で、どんな風に生きていくんだろうか。

 わからないけど、幸せだといいな。


 僕は水底から、今日もぼんやりと外の世界に想いを馳せる。

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