6.「……似ているな、って思ったでしょ?」
──ジャジャーン!
と曲が終わり、テレビ画面に消費カロリーが表示される。
煉獄寺からは、ぱちぱちという控えめな拍手が上がった。
「……落留くん、普通にうまい」
「はは。普通にありがと」
一曲目、煉獄寺も知っているというアニメの主題歌を歌い終え、俺はコーラを一口飲む。
カラオケなんて本当に久しぶりだ。
最後に行ったのは、やはり中二の終わり頃だったか?
ていうか………
女子とカラオケ来るのなんて初めてだから!!
「同志とのオタカラなんて楽しそう!」と深く考えずに来てしまったが……
こうして密室で二人きりになってみると、急に緊張感が押し寄せて来た。あああ、やたらと喉が渇く。
「……では、次。不肖私、歌わせていただきます」
俺の向かいで、煉獄寺がマイクを持ち立ち上がる。
画面に表示された曲名は……
「って、『マジキュア』二期のオープニングじゃん! え、これ歌えんの?!」
俺は驚愕の声を上げる。何故ならこの曲は、前半の可愛らしい曲調から一変、途中でいきなりハードなロックへと転調するトリッキーな歌なのだ。
作品の世界観をよく表した神曲だとは思うが……歌うとなると、かなり高難度なはず。
そんな曲を……いつもぼそぼそもっさり喋っている彼女が、歌えるのか?
俺が固唾を飲んで見守る中、煉獄寺はすぅ…っと息を吸ってから…………
歌い始めた。
両手で握りしめたマイクを通し、狭い部屋に響き渡る彼女の声。
それは……
「……………は……」
う、上手い。
普段の喋り方からは想像もできないくらいに力強い、それでいて透き通るような、美しい歌声だった。
音程もまったく外さない。強弱の付け方なんかは、まるでプロみたいだ。
激しい曲調に変わった後も、彼女は難なく歌い上げる。すげぇな。そんな高い声、どっから出てんだ?
って、間奏のラップもイケるんか! しかもクオリティ高ぇなオイ!!
「……お粗末さまでした」
最後まで見事に歌い終え、いつもの小さな声で呟きつつ一礼する彼女。
俺はたまらずスタンディングオベーションだ。お粗末だなんてとんでもない。
「すげぇよ煉獄寺! こんなに歌上手い奴、初めて見た! もっと聴かせてくれよ!!」
「……いやぁ、照れますな。でも次は落留くんの番……」
「俺はもういいから! あ、この曲知ってるか? ぜひとも歌ってもらいたいんだが!」
リモコンの画面を見せ、頼み込む俺。
別のアニソンだが、彼女はじっとそれを見つめ……
「……間奏部分のセリフまで、履修済み」
「神!!」
こうして、この部屋は『煉獄寺薄華・アニソンライブ』会場と化した。
つくづく趣味が合うのか、彼女は俺のリクエストする曲を全部知っていて、完璧に歌い上げてくれた。
なんだよコレ……最高に楽しいじゃねーか。
こんなに好きなものに夢中になれて、しかもそれを共有できる相手がいるなんて……嗚呼、幸せだ。
「──煉獄寺、今日は本当にありがとうな」
一頻り歌い終え、ジュースを啜りながらソファに座る彼女を見つめ。
俺は、先ほど言えなかった言葉を伝える。
「煉獄寺のお陰で、最高に楽しい一日になったよ。こんなの久しぶりだ。なんせ去年は、完全に『ぼっち』だったからな」
「……そうなんだ。落留くん、友だち多そうなのに」
「ここだけの話、中学まではこんなに自分をさらけ出していなかったんだ。陰気で、何事にも消極的で……その上、『落留』なんつう縁起の悪い名字だから、受験生になった途端に周りから距離置かれちゃってさ。ま、自業自得ってやつだ」
自嘲気味に笑う俺を、煉獄寺はゆっくりと瞬きをしながら見つめ、
「……『落留』って名字、縁起悪くないと思うけど」
「えぇ? だって『落ちる』に『留める』だぞ? どっちも受験生には禁句だろーが」
「……そうかな。『落ちる』のを『留める』、とも考えられると思うけど」
なんてことを言ってのけるので。
俺は思わず「へ……?」と間の抜けた声を上げてしまう。
さらに煉獄寺は、
「……私は、『落留』って名字、可愛くて好きだよ」
「か、可愛い?」
「……うん。『ホチ留め』みたいで」
「…………ホチ留めって何?」
「……え……ホチキスで留めること。言わない?」
「……言わない」
首を横に振る俺に、煉獄寺は「そう……」と俯く。
いや、なんだよこの会話…………じゃなくて!
……完全にコンプレックスだったこの名前を、こんな風に肯定してもらえることなんて初めてで……正直、泣きそうなくらいに嬉しい。こいつ、本当にいい奴だ。
「……私もだよ」
じーんと感動していると、彼女が俯いたままぽつりと、
「……ちっちゃい頃から、ぼっちだった。ドジで、ネガティブで、大勢で騒ぐことを避けていたから……友だちなんて一人もいなかった」
いつもの声音で、いつもの無表情なまま、そんなことを呟く。
そして、
「……だからこうして、落留くんと出会えて、仲良くなれたことが、すごく嬉しい」
顔を上げ、こちらの瞳をじっと見つめながら、言ってきた。
……まただ。時々向けられるこいつのこの目と、真っ直ぐすぎる言葉に、俺はどうも弱い。
「……はは。今思えば、俺たちの出会いも煉獄寺のドジからだったもんな。目の前でいきなりコケるんだもん。インパクト大だったよ」
ほら、俺はまたそうやって目を逸らす。なんで『俺も』が言えないんだ。
……しかし。
俺のこの方向転換が……思わぬ事態を招くことになる。
「……そういえば、落留くん」
ふと、煉獄寺は俺の目を覗き込むようにして身を乗り出し、
「……あの時……私のぱんつ、見たでしょ」
なんてことを尋ねてくる。
だから、俺は、
「……………は?? 見てないが????」
反射的に、すっとぼけた。
まじかよ……まさか今頃になってそれを聞かれるとは……!!
いや、『バッチリ見ました!』なんて言えるわけないだろ?! 色も形状もハッキリ覚えているけど!!
「……ほんとに……?」
テーブルを挟んで座っていた彼女が立ち上がり、じりじりとこちらに近づいてくる。
「ほ、ほんとだって!」
「……ちょっとも見てない?」
「ぜんっぜん! 一ミリも見てないから!!」
「……ふーん。そう。じゃあ……………今、見る?」
「だから見てないって…………………………へ?」
……ん? 今の……聞き間違い、だよな?
そう思いたかったが、煉獄寺は俺の目の前に立つと、ワンピースの裾を指で摘み……
「……今日、あの時よりすごいの穿いてるよ…………ほら」
それをゆっくりと持ち上げ………
下着を、見せつけてきた。
あまりの急展開に、俺は目を覆う暇もなく、
……すごい。スッケスケの、紐パンだ。
白いレース地の向こうに、綺麗な肌が透けて見える。
両サイドの紐が腰骨の下あたりで可愛らしくリボン結びされており、少しでも引っ張れば簡単に解けてしまいそうだ。
うーん、防御力低そうなクセして攻撃力は抜群……って!?
「ば、馬鹿!! ンなモン軽々しく見せんな!! 早くしまえ!!!」
ようやく我に返り、やっとの思いでそう言ってみせる。
が、彼女はしまうどころか……
「……んしょ」
裾を捲り上げ……
着ていたワンピースを、完全に脱ぎ去った。
つまり……ただの下着姿、である。
「は……はぁ?! ちょ、まじで何やってんの?!」
「……何って……上も、見てもらおうかと思って」
う、上って………
俺は、言葉につられるようにして、彼女の胸元を見る。
透けてこそいないが、白を基調とした、パンツと同じデザインのブラジャー……
……から、零れ落ちんばかりに深い谷間を作り上げている、見事な双丘。
……待ってくれ。これ……
…………もしかしなくても、巨乳だな??
え? なにこの
蛇に睨まれた蛙……否、巨乳に睨まれた童貞。
俺は完全に身体を硬直させ、心臓が早鐘を打つ合間にようやっと浅い呼吸をする。
何故……どうしてこんなことになった?
なんでいきなり下着姿に……
混乱状態に陥る俺をさらに追い込むように、彼女はゆっくりと近づいてくる。
「……落留くんに、お願いがあるの」
お……お願い? この状態で何をしろと? 腹踊りの手解きでもすればいいのか??
なんて冗談を口にする余裕ももはやなく、ただただ固まっていると……
彼女は向かい合うようにして、俺の膝に跨ってきた。
目の前でたゆんと揺れる、柔らかそうな肉の塊。
そして、彼女は相変わらず感情の読めない表情のまま……
こんなことを、言い放った。
「……私、落留くんと………………子作りがしたい」
………………………はい????
なんかそれ……つい最近、似たようなのを別の場所で聞いた気がするのですが……
「……今日で確信した。やはりあなたは、私の『片割れ』。再び魔王時代を築くためには……落留くんと子どもを作らなきゃ。二人の力が合わさった、最強の子どもを……」
「れ、煉獄寺さん……? あの、何を言って……」
「……わからない?」
彼女は、俺の膝に対面で跨ったまま、鼻先がくっつきそうなほど顔を近づけ……言う。
「………私は、魔王・ヴィルルガルムの生まれ変わり。正確には、魂と肉体だけが蘇った存在。そしてあなたは……私の半身である、魔王の魔力を持つ者」
…………な、なんだって?
「ちょぉっと待ってくれ……何? 魔王の生まれ変わり? ヴィルルガルム? って……あ、わかったぞ。さては、チェルシーにいろいろ聞いたんだな? あいつ、俺以外には本当のこと隠しておけって言ったのに、いつの間に……」
「……何のことかわからないけど、あの転入生は関係ない。これは、私が持つ前世の記憶に基づく話。落留くんには、記憶はないの?」
「記憶、って……なんのことだかさっぱり……」
「……なら、これを見れば思い出すかもしれない」
「わわっ、よせ!」
俺は咄嗟に手で目を覆う。何故なら煉獄寺が、自身の両胸をぐにっと掴み、その深い谷間の内側を見せつけてきたからだ。
目を覆いつつも……つい、指の隙間からチラッと覗くと……
「そっ、それは……!」
胸と胸の間、白い肌に浮かび上がるように刻まれた……丸い、ウロボロスの紋様。
もっとも、左右の胸の膨らみのせいでハート型に歪んで見えるが……
この紋様を、俺は知っていた。
チェルシーに初めて出会ったあの日、彼女の部屋で見せられた古い文献に記されていたのと同じ……
『これが、ヴィルルガルムの身体に現れる紋様です。どんなに姿かたちを変えても、この紋様だけは毎回身体のどこかに浮かび上がっているのです』
『なるほど。これが魔王である証、ってことか』
あの時、チェルシーと交わした会話を思い出す。
倒しても倒しても、姿を変え復活する魔王。
その身体に、必ず現れるという紋様と……
今、目の前の煉獄寺の身体に浮かび上がっているものは、完全に一致していた。
胸から手を離し、再び煉獄寺が口を開く。
「……前世で『光の勇者』に倒された私は、魂と魔力を分離させられ、二度とあちらの世界に復活できない呪いをかけられた。だから、私には魔王の記憶と魂が宿っているけれど、肝心な魔力がない……そのせいで、何かが足りないような虚無感を、常に抱えて生きてきた。けど、そんな時」
彼女は、俺の瞳をじっと見つめながら、
「……受験のために通っていた塾で、落留くんのことを見かけた。その瞬間、理解した。あなたが、魔王の魔力を持つ者だと。けど、どうやら魔力は完全にあなたの身体に溶け込んでしまっているようだった。魔力だけを取り出すことは、恐らくできない。だから、考えた。私が完全体になることは無理でも、落留くんとの間に子どもを作れば……その子はきっと、私の魂とあなたの魔力の両方を合わせ持つ存在となる。すなわち、魔王の復活……それが叶えば、この満たされない虚無感もなくなるはずだと……」
……いや、いやいやいや。
ここでも俺に魔力が宿っているって話かよ。しかもそのせいでまた『子作りしよう』って……まんまチェルシーの時と同じ流れじゃねーか! ていうかこいつ、去年から俺を知っていたってこと?!
「それじゃあお前は……そのために、俺に近づいたのか?」
「……そう。あなたに接触するため、同じ高校を受験した。だから、こんな風に仲良くなれて……同志と言ってもらえて、本当に嬉しかった」
そう言って、煉獄寺は……その豊満なバストを、俺の胸板にむにゅっと押し当ててくる。
「……似ているな、って思ったでしょ? 私たち。それは、元は一つの生命体だったから。あなたにも、私と交わりたい衝動があるはず。だから……」
そして、俺の耳のすぐ横で。
そっと、囁く。
「……落留くん。もう一度、私と…………一つになろ……?」
………………ッ!!
押し付けられた胸の感触。
耳にかかる吐息。
思考を奪う甘い誘惑に、俺は……俺の理性は………
………と、その時!!
──プルルルルルッ! プルルルルルッ!
部屋の壁に付いた電話器から、けたたましい電子音が鳴る。
カラオケ店のフロントから、退室時刻間近であることを告げるコールだ。
しめた! 俺は煉獄寺の身体を押し退けると、藁にもすがる思いで受話器を取る。延長? するわけねーだろ今すぐ帰ります!!
ガチャン、と受話器を下ろし、ゆっくりと振り返る。
そこには、未だ下着姿の煉獄寺が立ち尽くしていた。
俺は彼女が脱ぎ去ったワンピースを拾い上げ、彼女に渡しながら、
「……時間だ。帰るぞ」
気の利いたセリフの一つも言えないまま、帰り支度を始めた。
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