5.思い出が、付加価値になる
最初に入ったその店は、さすが大型店舗なだけあって豊富な種類のプライズが揃っていた。
その中に、煉獄寺の目当ての美少女フィギュアもあったのだが……
「……ぬ」
煉獄寺の目の前で、フィギュアの箱がボヨンと跳ね、元の位置に戻る。
「……バウンドボールか」
呟きながら、俺はクレーンゲームのガラスケースの中を覗く。
『バウンドボール』とは、景品の置き方の名称だ。
アームで持ち上げた景品をゴムボールの上にバウンドさせて獲得口へ落とす、というもの。
しかし上手く出来ていて、なかなか獲得口の方に跳ねてくれない。
煉獄寺はバウンドしては戻り、バウンドしては戻りというのを、既に四回繰り返していた。
「……師匠。この腐れゴムボールを針でぶっ刺して潰すというのは、攻略法としてはありですか」
「ナシに決まっているだろ。落ち着け、弟子よ」
キャップからバッジを外し、針を構える彼女を手で制する。
「このテのものは、ちょっとアンバランスな状態で持ち上げてやると上手く跳ねるんだが……景品の重心的に難しそうだな。違う置き方をしている店を探してみよう」
俺の提案に煉獄寺は無言で頷く。
そのまま店を出て、向かいにある小さめの別店舗へと足を踏み入れた。
小ぢんまりとしている分、マニアックな景品が多そうだ。こういう店のほうが、案外設定が良心的だったりするんだよな。
この店にも煉獄寺お目当てのフィギュアは置いてあった。
置き方は……お、『橋渡し』か。二本のポールの上に景品の箱が横たわっている、割とスタンダードなタイプだ。
「これならさっきのやつより攻略しやすいぞ。煉獄寺、やってみるか?」
無言で頷く彼女。
一発で取れることはほぼないので、五百円を一気に投入するよう勧めると、彼女は迷いなくそれに従った。これで、クレジットは一回多い六回分だ。
一投目。まずは箱の真ん中あたりを狙い、持ち上げるよう指示する。
アームの強さと、可動限界域を見るためだ。
可能性は低いが、一発ゲットできたら儲けもん。
煉獄寺は矢印のついたボタンを操作し、狙い通り箱のほぼ真ん中にアームを持ってきた。
爪が箱を捕らえ、上昇する……と、意外と持ち上がった。が、途中で箱が落ち、ポールの上に戻ってしまった。
「……取れたかと思ったのに」
「ま、一回目はだいたい様子見だ。しかし、これはかなりいい状態になったぞ。二本の棒の間に斜めに置かれただろ? 棒と箱の接点ギリギリを狙って、左右にずらしていってみろ」
がっかりした様子の煉獄寺に、俺は指をさしながら次なる指示を下す。
これは、上手くいけば残りのクレジットでゲットできる形だ。
煉獄寺は「……うん」と答え、再びボタンを操作する。
さっきから思っていたが、彼女はなかなか筋がいい。ちゃんと狙ったところでアームを止められている。
左右交互に箱の端を持ち上げ、徐々に手前へとずらしていく。
クレジットの残り一回というところで、棒のはじっこギリギリまで動かすことができた。あとひと押し。
ごくっ、と煉獄寺が喉を鳴らす音が聞こえる。
俺も緊張を感じながら、「ここを狙おう」と指をさす。
彼女は力強く頷き……ボタンを、押した。
しかし、
「……あ」
アームは、狙った場所よりずっと手前の位置で止まってしまった。
途端に、煉獄寺がぷるぷると震え出す。
「……き、緊張しすぎて、早く離しちゃった……」
「いや、まだいける。そのまま縦方向を動かして、箱の角を狙え。持ち上げるんじゃなくて、アームの爪で、箱を上から押すようなイメージで」
思わず身を乗り出して言う俺に、彼女は少し驚いた顔をしてから、
「……わ、わかった」
その目に再び、ヤル気を漲らせた。
アームの縦の位置を決める『↑』のボタン。それを押す細い指が、微かに震えていた。
煉獄寺は、じっと目標位置を見定め……
押したボタンを、離した。
それは、絶妙なタイミングだった。
二本の棒の間に皮一枚で留まっていたフィギュアの箱。その角の、最も力のかかる位置がアームで下に押される。
箱はぐるんと向きを変え……
真っ逆さまに、獲得口へと落ちていった。
………や、
「やったぁぁああああ!!」
俺は思わず、ガッツポーズしながら叫んだ。
煉獄寺は口を開けたまま、まだ震えている。
「……と、獲れた……自分で……」
「そうだよ! 煉獄寺が、自分で獲ったんだ! すげーじゃん、ワンコインでゲットできるなんて!! 天才だよ!! さぁ、その手に嫁を!!!」
俺に促され、彼女は獲得口に手を入れ、おずおずとフィギュアの箱を取り出す。
そのパッケージを、感慨深そうに見つめてから、
「……ありがとう、落留くん。一生大事にする」
「んな大げさな。でも、よかったな。おめでとう」
「……うん……!」
フィギュアの箱をぎゅっと抱きしめ、嬉しそうに笑う彼女に、少しドキッとする。
こいつ……こんな顔して笑うんだな。いつもそうしていればいいのに。
「……さ、この調子でまだまだ獲りまくろうぜ!」
思わず見惚れてしまったのを悟られぬよう、俺は右手を掲げ、意気揚々と言ってみせた。
──確かに、たかがゲームの景品一つに熱くなりすぎた感は否めない。
ぶっちゃけ、あの一打で決めなければならないという縛りもなかったしな。
だけどあの時、俺と煉獄寺の間には奇妙な一体感が生まれていたんだ。
この一回で決めたい。絶対に獲ってやる、という謎の一体感が。
たぶん、似ているのだろう。俺と彼女は。
表には出さないけど、本当は負けず嫌いで、好きなものはとことん追求したくて。
そんで、高校生になっても心は厨二のまま。
だから、同じところで熱くなる。
気分が盛り上がった俺たちは、その後もゲーセンを転々としながらいろんな景品を手当たり次第に獲っていった。彼女の言葉を借りるなら、『乱獲』である。
目ぼしいものが一通り手に入ると、ゲットした景品を袋いっぱいにぶら下げて、今度はアニメショップへと移動した。大手チェーン店の本店があるのだ。
『魔法少女☆マジキュア』コーナーに陳列されたグッズを見上げながら、煉獄寺が呟く。
「……こうやって、お金払えば確実に買えるグッズもいいけど……さっきみたいに自分で獲ったものは、なんだかより特別に感じる」
「わかる。苦労して手に入れた思い出も、付加価値になるんだよな」
俺が同意すると、彼女は景品の入った袋に目を落とし、
「……そう、思い出。たぶん、このフィギュアを見るたび、私は今日のことを思い出す」
そこまで言ってから、今度は隣にいる俺のことを見上げ、
「……落留くんと獲ったんだってこと。きっと思い出す。すごく、楽しかったから」
黒い瞳で、まっすぐに見つめてきた。
そのストレートな物言いに照れた俺は、「あー……」と大いに目を泳がせながら、
「そ、そうそう。自分で獲ったフィギュアって、思い入れが違うもんな。金出して買えるハイクオリティフィギュアとはまた違うっていうか……まぁ、こっちはこっちで、もちろん欲しいんだけどさ。はは」
なんて、ショーケースに飾られた二万円のルシェルフィギュアへと目を向ける。
嗚呼、何故ここで「俺も楽しかったよ」と言えないんだ。つくづく自分のヘタレ具合に嫌気がさす。
「……てか煉獄寺、腹減ってない? いつの間にか昼過ぎていたな。何か食いに行くか?」
挙げ句、話題を変えるという力技。来世はもっとマシな人間に生まれ変わりたいものだ。
俺の問いかけに、彼女は考え込むようにして、正面……『マジキュア』のCDコーナーをじっと見つめる。
そして、再びこちらにゆっくり向き直ると、
「……落留くん。カラオケ、行かない?」
「…………へ?」
「……ご飯がわりにポテトでもつまみながら、アニソン祭り。なんて、いかがでしょうか」
遠慮がちに呟かれたその提案は、俺にとって……
「………いいな、それ」
最高に、魅力的なものだった。
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