第一章 よくある学園ラブコメの始まり! ……だったら良かったんだがな……
1.後天性・陰キャオタクの初登校
『高校デビュー』という言葉がある。
中学時代、パッとしない雰囲気だったヤツが、高校進学を機にあか抜けようとイメチェンを図る行為のことである。
髪を染めたり、ピアスを開けたり、化粧を始めたりなんかが代表的なところか。
……結論から言おう。
俺は今、『高校デビュー』を狙っている。
イコール暗い中学時代を過ごしてきた、ということなのだが、中二まではそれなりに楽しかった。
趣味の合うオタク友だちと、放課後はゲーセンやアニメショップを巡って、休日にはイベントに繰り出して……
そりゃあ、彼女はおろか女友だちもいなかったけれど、まぁまぁオタ充していたのだ。
それが変わってしまったのは、三年生に進級してしばらくのこと。
みんな嫌でも受験を意識し始める時期だ。オタク友だちも漏れなく塾に通い始め、一緒に遊ぶ機会も減っていった。
いや、それどころかみんな……こぞって俺のことを避け始めたんだ。
何故か。その原因は、俺の名前にあった。
それが、俺の名だ。
『落ちる』に、『留める』。どちらもナーバスな受験生には、目にすらしたくないワードである。
『縁起が悪いから』。そんなくだらない理由で俺はみんなから嫌厭され……
……いや、名前だけが全ての原因だったわけではないだろう。
名前に付随して、俺自身も景気の悪そーな雰囲気を醸し出していたからに違いない。
猫背で、目が隠れる程に前髪が長くて、ぼそぼそ低い声で喋る……典型的な『陰キャ』というやつだったのだ。
しかしながら、本来の俺は根暗ではない。むしろ明るい性格であると自負している。
それがどうしてこうなったのか。言い訳をさせてもらえるなら、真っ先に家庭環境を原因として挙げておきたい。
姉が二人いる上、親戚もいとこも女ばかり。
そんな中に一人ポツンと生まれた男……つまり俺なわけだが、そのような状況下にいたらどうなるか。
A.サンドバッグになる。
"男になら何を言っても良い"という共通認識の元、成長期の俺は身内の女性陣から心無い言葉を浴びせられ続けてきたのだ。
「背ぇ伸びすぎなんだけど! 超ウケる!!」
「え、今の咲真の声……? 低。なんか違和感」
「さく坊のくせにヒゲ生えてるー! ってことは下も? ねぇ、下も生えた?」
「うわ。咲真こんな萌え系漫画読んでんの? 昔は『かいけつゾ●リ』ばっか読んでたのに……今はこういうのが好きなんだね。キモ」
……思い出しても忌々しい、姉二人のセリフ(極一部抜粋)である。
おい。今、一瞬でも「羨ましい」と思ったそこの変態。お前とは一生分かり合えないだろう。
俺はMでもなければ姉萌え属性もない。悪いことは言わないから、姉は二次元までにしとけ。三次なんか総じてクソだ。
繊細な成長期にこのような言葉を浴びせ続けられた結果……
身体の変化を隠すように、俺はおとなしく目立たない人間へと変わっていった。
後天性・陰キャオタクの完成である。
縁起の悪い名字。辛気臭い雰囲気。それにより皆から遠ざけられ、孤独な受験生活を送ることになったわけだが……結果としてそれは、勉学に打ち込むことに繋がった。
知り合いのいない塾に通い、現実逃避するように勉強しまくった結果、俺は……
都内屈指の進学校、私立・
俺の通う中学で、合格者は俺一人だけだった。
これはチャンスだ。俺は、そう確信した。
中学までの陰気なキャラを脱し、新しい自分として生きてゆく絶好のタイミング……俺の人生、やり直すならここしかない。
『高校デビュー』を決めてからの行動は早かった。
家から通えなくもない距離だったが、まずは諸悪の根源である邪悪な姉たちとの関係を断ち切るため、親に頼み込んで学院の寮に住まわせてもらうことにした。
さらに、春休みの間に美容院で爽やかな髪型に切りそろえ、猫背の改善と笑顔の練習をおこない……
──そして、今日。
おろしたての制服に身を包み、俺は晴れて高校生活の初日を迎えた。
昨日の入学式は体育館での式典のみだったので、クラスメイトとちゃんと顔を合わせるのは今日が初となる。
何事も第一印象が肝心だ。
大丈夫。無理して陽キャを演じるのではない。
本来の俺を、怖がらずにさらけ出せばいいだけだ。
そう言い聞かせ、洗面台の鏡の前で一つ頷き、部屋を出る。
先週越してきたばかりのこの男子寮は、高校の最寄り駅から二駅離れた場所にある。中学は自転車通学だったから、初めての電車通学だ。
閑静な住宅街を抜け駅に着き、高校方面へ向かうホームで電車を待つ。
ほのかに霞みがかったような青空が広がる、春らしい陽気だった。風に乗って、何処からか桜の花びらが舞い落ちる。新学期、って感じだな。
ホームを見回すと、制服を着た学生やスーツ姿のサラリーマンがスマホや新聞を見ながら電車を待っていた。
当然、亜明矢学院高校の制服も多く見受けられるが……この中に同じクラスの生徒もいたりするのだろうか。やべぇ、なんか緊張してきた。
速まる鼓動に身体を強張らせていると、電車到着のアナウンスが流れた。
程なくして目の前に現れた車両は……
……『すし詰め状態』を絵に描いたような、ザ・満員電車だった。
扉が開き、降車する人々が去ると、ホームにいた人間が一斉に電車の中へと雪崩れ込む。
後ろから押され、「うわわっ」と情けない声を上げながら俺も車両の中へと入り……
そのまま、あれよあれよと言う間に反対側の扉の前まで押し込められてしまった。
……完全に身動きが取れない。なんなら片足は少し浮いている。
ナメてた……都会の通勤・通学ラッシュ、恐るべし。
これから毎日こんなのに乗るのか? 二駅とは言え、けっこうキツいものがあるぞ。
リーマンは毎日コレに耐えているのか……すげーな。
と、動き出した車内を見回すと。
俺の右斜め前……車両の扉に背を預けるようにして立っている人物に、目を奪われた。
美少女だった。
ショートボブと言うのだったか、栗色の髪を短く切りそろえた、目の大きなコ。
瞳の色素が薄くほんのり茶色いせいか、どこか猫っぽい雰囲気を醸し出している。アイドルグループに所属していてもおかしくないレベルの可愛さだ。
そんな可憐な少女が、今、その綺麗な顔を……歪めていた。
恐らく原因は、彼女の目の前にいるリーマン風の中年男性。
満員電車なので仕方がないと言えばそうなのだが、正面から思いっきり身体を密着させているのである。
その上、彼女の顔をじっと見つめ、「ハァハァ」と荒い吐息を吹きかけており……
……うわ。コレもう完全に黒じゃねぇか。
明らかに密着した身体の感触を楽しんでいる。
彼女は嫌そうに顔を背けるが……扉との間に挟まれて逃げることもできない。
伏せられた目に、うっすらと涙が浮かんでいた。
それに気づいた俺は……
「………………」
その時、電車が次の駅に着いた。
反対側の扉が開き、降りる人間と留まる人間とが揉み合うのに乗じて、俺は咄嗟に痴漢男を押し退け、彼女との間に身体を滑り込ませた。
そのまま痴漢男に背を向け、彼女の背後にある扉に両手をつく。
彼女と痴漢男とを隔てる壁になったような形だ。
俺に押し退けられ、痴漢男が後ろで小さく舌打ちするのが聞こえる。おめー、やっぱり確信犯じゃねーか。
とりあえず、これで彼女を痴漢まがいの行為から守ることが……
……と、そこまで考えたところで気がつく。
………あれ?
コレ、下手したら俺も痴漢だと思われるんじゃね??
だってこの体勢……完全に壁ドンじゃん。
いや、もちろん身体は触れないように腕突っ張っているよ?
でも、こんな見も知らぬ男にいきなり壁ドンされるって……
恐る恐る、彼女を見下ろす。
睨まれていたら……それどころか、もっと泣かせていたらどうしよう。
しかし、俺のネガティブな予想に反して。
「………………」
彼女は……笑っていた。
キラキラした瞳で俺を見上げ、静かに笑っていた。
そのあまりの可愛さに、思わず見惚れていると……
ガコン、と大きく揺れ、電車が高校の最寄り駅に到着した。
はっとなったのも束の間。
俺は再び人の波にさらわれ、あっという間にホームへと運び出された。
あのコは……と、よろめきながら振り返ると、
「ねぇ」
真横から、声がする。反射的にそちらを向くと……
先ほどの美少女がいた。
車内では気づかなかったが、よく見ると同じ高校の制服を着ていた。
彼女は、にこっと人懐っこい笑みを浮かべて、
「……ありがと。それじゃあまた、学校でね」
軽く手を振り、改札へと向かう階段を駆け上っていった。
その後ろ姿を見届けて、俺は。
「…………………」
たぶん、相当間抜けなツラをしていたことだろう。口を開けて、ぼうっとしまい……
しばらくそこから、動けなかった。
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