青春ラブコメディは、異世界転移拒否から始まる。

河津田 眞紀

プロローグ

遠い日の記憶

 



「小さい頃は、あんなに可愛かったのに」



 ……なんてセリフ、男なら一度は言われたことがあるのではなかろうか。


 かく言う俺も御多分に洩れず、正月に親戚で集まりゃ女性陣から「こんなに背が伸びて……」とか「声変わりしちゃって……」などと、毎年飽きもせずに言われる。

 ほんと、針のむしろ状態。ご指摘の通りむさい男に成長したのだから、お年玉袋の中身もそれに比例して成長させてほしいものである。


 たしかに、小学校低学年までが俺の人生(と言っても、まだ十五年しか生きていないが)におけるビジュアル全盛期だったことは自覚している。

 色白で、線が細くて……よく女の子に間違えられたっけ。女子の友だちもそれなりにいたしな。今と違って。


 ……おいそこ。『思い出補正(笑)』と言う勿れ。ほんとに、まじで可愛かったんだって。

 あぁ、そうだ。公園でヘンなおっさんに話しかけられたこともあったな。



 あれはたしか……小二の夏休み。



 学校のプール帰りにビニールバッグぶら下げて歩いていた俺少年は、無性に喉が渇いた。

 そこで、公園に寄り道して、水飲み場で水道水をがぶ飲みしていたら……



「──やぁ、そこの少年」



 突然、背後から声がした。

 炎天下の公園には俺以外に誰もいなかったから、必然的に自分が呼ばれているのだとわかった。

 振り返った先にいたのは……


 異様な風体の男だった。

 一言で言えば、全身真っ黒でボロボロ。

 アニメで見る剣士のような鎧を身に付けているが、所々割れたり歪んだりしている。

 その下に纏っている服もひどく汚れており、ビリビリに破けていた。


 髪はぼさぼさ。髭はぼうぼう。

 だから、『おっさん』と表現したが、本当は『お兄さん』と呼べる年齢だったのかもしれない。


 そのボロボロな男が、俺に向かって手を差し出して、



「これをやろう。美味いぞ。食え」



 そう、ぶっきらぼうに言った。

 その手には、包み紙にくるまれた小さなものが乗っている。



「……なにソレ」

「ヴィルルガルムだ」

「ガ、ム……?  ぼく、飴玉のほうが好きなんだけど」

「じゃあ飴玉だ。飴玉ということにしておいてやる。ほら、見ろ。美味そうだろう?」



 男が包み紙を開くと、中からシャボン玉のような色をした球体が現れた。

 たしかにサイズ感は飴玉のソレである。が、正直、全然美味そうに見えない。

 何味かもわからない見た目に、幼い俺は首を傾げるが……


 警戒心よりも好奇心の方が勝ったのか、俺は半ば無意識的にソレを指でつまみ……

 ぽいっと口へ放り込んでいた。


 瞬間、「んぐぅ?!」と喉を押さえる。

 口の中の飴玉が、まるで意志を持っているかのように動き、喉奥へ、そして食道を通り胃の中へと入ってきたのだ。

 「げほげほ」と咳き込むが、時すでに遅し。妙な飴玉は、完全に俺の胃の中へと納まってしまった。


 それを見届けると、ボロボロ男が静かに頷き、



「よし。これで因果が繋がったはずだ。後は頼んだぞ……咲真さくま少年」



 低い声音で言ったかと思うと、足元から徐々に姿が透けてゆき……

 五秒後には、完全に目の前から消えていた。



「………………」



 俺は、混乱した。


 ……え。なに今の。ユーレイ? まぼろし? 何故、俺の名前を知っていた?

 飲み込んでしまった、あの飴玉みたいな物体は一体……?

 つーか。


 ……やべぇ。知らない人から、得体の知れないものを貰って、食べてしまった。

 こんなん母ちゃんにバレたら……絶対に殺される。




 ──という具合に。


 不審者に遭遇した恐怖よりも、言いつけを守れなかったことに対する制裁を恐れた俺少年は、この出来事を誰にも言えずにいた。

 言わないでいたら……いつの間にか、忘れていた。




 ……んで、なんの話だったか。

 そうそう。俺が昔は可愛かったって話だ。

 じゃあ今はどうなのか、って?



 まさにそれが、これから語る本題なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る