入社三年目 吉田の場合
今日も自販機の前に立っていた。
鼻歌交じりにやってきたのは真の後輩、吉田だった。
俺の二つ年下、彼女は人当たりは良いが言いたいことははっきり言う、若いながらよく出来た女性である。
凛とした立ち振舞いは今どき珍しく、社内のオジサマをあっという間に骨抜きにした。
もちろん仕事もできる。
これだけ聞くと完璧に思えるのだが、一つ欠点がある。
ちょっと思い込みが激しい。
心理学を専攻していただけあって人の扱いには長けているのだが、その分己も影響を受けやすいのだろうか。
鼻歌はおっさんの誰かが教えたであろう昔の曲だ。
それお前が生まれる前の曲だよね。
木星とかいつの話だよ。
ピテカントロプスに近づいてんじゃねぇよ。
むしろ逆だろ。
まあいいや。
そんなことより今日こそ奢らせてもらおうか。
「よう吉田、何か飲むか?」
手に忍ばせた硬貨をちらっと見せる。
ずっと小銭を持って待機していたのだ。
これならしっかりと「奢りますよ」アピールできているはず。
「……えっ。先輩、まさか私を狙ってますか」
お前もかっ!
「いや、違――」
「すいません先輩、私にはすでに恋人が――いえ、もはや恋人というより心に決めた、結婚の約束をした殿方が居るんです。所詮泡沫の夢、もはや意味を為さぬことではありますがそれでも。なのでせっかくのご厚意ですけれど、誤解を招くような行動は自分にも相手にも失礼かと思われますので大変申し訳ありませんがご辞退いただきますよう申し上げます」
ペコリと頭を下げられる。
……えっと、これ、どういう状況?
よくわかんないけど、多分勝手に振られたんだよね。
何故かこっちだけ一方的に傷ついたような気がするけど、追及するとさらに傷が深く抉られるような気がするから下手なことは言わないでおこう。
「お、おう、すまんな。……えっと、おめでとう? ちなみにお相手は」
「佐藤主任です」
「ふーん」
あれ。
佐藤主任ってつい最近まで「彼女欲しい」って触れ回っていたような。
ま、いっか。
考えるのはよそう。
「…………」
「…………」
あ、駄目だ。
話が続かない。
「ちなみにプロジェクトの方はどうだ? 進行具合は」
ずっと沈黙が続くので、仕事の話に無理やり持っていった。
「もちろん順調ですよ。
「そ、そうか。だったら良いんだ、うん」
彼女は今回のプロジェクトの重要な役割を担っている。
命運は彼女にかかっていると言っても良い。
結局、握りしめたお金は自分のコーヒー代に消えた。
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