入社五年目 石川の場合
どこからか漏れ聞こえる機械音声に耳を傾ける。
「――成功しました。……人類……移住――」
ああ、いつものニュースだ。
俺は途端に興味をなくし、自販機の前に向き直る。
飲み終えた缶をゴミ箱に捨てる。
放り投げようかと思ったが山盛りになっているので、崩れ落ちないよう丁寧にその山に缶を加える。
「おやおや、こんなところでサボりですか~」
悪態をつきながらやってきたのは石川だった。
彼とは入社年が一緒のいわゆる同期ではあるが、俺が大卒で向こうが専門卒。
よって年齢は離れている。
社会人としてはともかく、少しは長く生きている分人生の先輩と言えなくもない。
言えなくもないのだが。
こいつはとにかく仕事ができる。
何でもそつなくこなす。
だから上司の信頼も厚く、もしかしたら俺より先に出世するのではと最初は危機感を抱いた。
ただ、性格に難あり。
ぶっちゃけコミュ障気味の俺でも「あ、こいつコミュ障だわ」って言いたくなるレベル。
何考えてるかわかんない。
かと言って口を開けば冗談か本気かわかんないことを言ってくる。
人との距離感を掴むのが下手くそかっ!
会話のキャッチボールを成立させる気あるのかと。
何度他部署との仲介役をさせられたことか。
どうしよう。
確かに奢りたいとは思う。
それは後輩に対してだ。
でもさ、さっきも自分で言ったじゃん。
俺は「人生の先輩だ」って。
じゃあ、奢るのは何らおかしいことではない。
などと自分に言い聞かせる。
いざ、実行に移そうと思うと緊張してきた。
なんて声をかけたら良いんだ?
普通に「何か飲むか?」ってところか。
いや待て、まずはこいつの言葉に返事をしろ。
冗談とも本気とも判断しかねる物言いをしやがって!
「サボりじゃない。休憩中だ」
「似たようなものじゃないですか。ボクだってサボろうと三十分前からチラチラ見てたのに、ずっと陣取っているから我慢できずにやってきたんですよ」
「そんなに前から居ねーっての。ってかお前こそサボろうとしてんじゃねーよ」
「……はあ、もう喉がカラカラですよ」
いや、溜め息つきたいのはこっちなんだけど。
……待てよ、これはチャンスでは。
ここでコーヒーを上手く奢ることが出来たなら、これからの社会人生活もきっとうまくいく。
あまり気負うほどのものでもないが……。
ま、おまじないみたいなものだ。
よし、深呼吸して落ち着け……うん、いくぞ。
「な、なぁ、何か飲むか?」
「は? 飲みますよそりゃ」
チャリンと。
自販機に硬貨を投入した。
「ああーーーーっ!!!」
「!?」
突然奇声を上げた俺に目を見開いて驚く石川。
自分でもびっくりだよ。
こんな大きな声出せたのね。
「……あーびっくりした。何ですかもう」
「何ですかじゃねーよ! 俺は奢りたかったの! コーヒーを! お前に!」
しまった。
つい全部言っちゃったよ。
石川が怪訝な表情でこちらを見る。
「どういう風の吹き回しですか?」
流石に先輩風だ! とは言えず、言葉を飲み込む。
「え、もしかして狙われてます……? ボクのこと『そういう目』で見ていたんですか?」
わざとらしく体をくねらせる。
「どういう目だよ! 俺は至ってノーマルだ。ドノーマルだ」
見事に失敗した。
玉砕した。
石川は自分でコーヒーを買って飲みだした。
……もういい。
「ところでプロジェクトの進み具合はどうだ」
「急に話を逸らすなんてやっぱりボクのこと……」
「それはもういい」
仕事の話なら気負いなく話せるんだよなぁ。
なんでそんな調子でコーヒーの一つくらい奢れないのかと自分でも不思議に思う。
「もちろん順調ですよ。順、……ちょ、う」
「?」
なんだか石川の顔が少し赤いような、青ざめているような……?
「……最近調子が悪いんですよ。動悸がするし、さっき大声出されてますます鼓動が激しくなってきました。……今日はもう帰ります」
「あ、あはは、すまん。同期は動悸でドキドキってか」
「は?」
「すいませんでしたぁぁ!!!」
上司にもやったことのない直角お辞儀を華麗に決める。
石川は無言のままフラフラと去っていった。
そして、それから長期休暇ということで会社に来なくなった。
本当に病気だったのか。
悪いことしたかなぁ。
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